コラム

QRコードの普及と「おサイフケータイ」の末路

2018年02月08日(木)17時30分

レストランの支払いもテーブルにきたレシートのQRコードを読み込むだけ(広東省広州市) Bobby Yip- REUTERS

<一時は世界的な展開を期待された「おサイフケータイ」が、スマホによる決済手段としてローテクのQRコードに凌駕されつつある。何が悪かったのか>

NTTドコモは今年4月から新たなスマホ決済サービス「d払い」を始めることを発表した。スマホの画面にバーコードやQRコードを表示し、それをお店で読み取ってもらうことで商品の購入代金を支払う仕組みだとのことである。

QRコードを中国のスマホ・マネーから逆輸入

これは以前このコラムで紹介した中国のスマホ・マネー、すなわち「支付宝」(アリペイ)と「微信支付」(ウィーチャットペイ)の仕組みと同じである。日本人は今まで「日本が先進国、中国は後進国」という序列を当然視してきたが、ことスマホ・マネーに関しては中国で成功した技術をドコモが取り入れるという逆の順序となった。

【参考記事】日本の電子マネーが束になってもかなわない、中国スマホ・マネーの規模と利便性

もちろんこれは大いにけっこうなことである。何しろスマホ・マネーの利用額は中国が2016年に1000兆円であるのに対して、日本はSuicaなどあらゆる電子マネーと「おサイフケータイ」を合計しても2015年に4.5兆円。どちらが成功しているかは火を見るよりも明らかであり、成功した者に学ぶのは当然のことである。それにQRコードはもともと日本のデンソーが開発したものだというのだから多少なりとも自尊心が満足させられるではないか。

むしろQRコードへの転換が遅すぎたとさえいえる。それはドコモが「おサイフケータイ」にこだわりすぎたからだと思う。「おサイフケータイ」は、ソニーが開発した非接触型ICカードFeliCaを携帯電話に搭載したもので、そこに例えば交通系ICカードのSuicaだとかクレジット・カードの情報を読み込むことで携帯電話を電子マネーやクレジット・カードとして使える仕組みである。

2004年にドコモがこのサービスを始めた時には世界に先駆けて携帯電話で支払いができる仕組みとして注目された。au、ソフトバンクも「おサイフケータイ」のサービスをはじめ、2000年代後半には日本で販売されていた携帯電話端末のほとんどが「おサイフケータイ」に対応していたと記憶する。

だが、その後「おサイフケータイ」は鳴かず飛ばずだった。2015年秋に東大の学生にアンケートを行ったところ、「おサイフケータイ」をまったく使わないと答えた者が96%だった。

「おサイフケータイ」はほとんど利用されていなかったが、それでもドコモなどは携帯電話メーカーに対して端末にFeliCaを搭載させつづけた。なぜそんなに頑固だったのかはよくわからない。搭載をやめると「おサイフケータイ」の失敗を認めることになり、それは会社の先輩の顔に泥を塗ることになるし、ドコモはFeliCaの会社に出資もしてしまっているから引くに引けなくなって、決断を先送りし続けたということかもしれない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ワールド

ロシアのプーチン大統領、政府に小売り燃料価格の安定

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、米ダウ安など嫌気

ビジネス

BIS、中銀デジタル通貨巡る法的不確実性「容認でき

ワールド

メキシコ大統領が中南米外相会議呼びかけ、移民増で対

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:日本化する中国経済

特集:日本化する中国経済

2023年10月 3日号(9/26発売)

バブル崩壊危機/デフレ/通貨安/若者の超氷河期......。失速する中国経済が世界に不況の火種をまき散らす

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被害──「大規模反攻への地ならし」と戦争研究所

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    本物のプーチンなら「あり得ない」仕草...ビデオに映…

  • 5

    ウクライナが手に入れた英「ストームシャドウ」ミサ…

  • 6

    ウクライナ軍の捕虜になったロシア軍少佐...取り調べ…

  • 7

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 8

    電撃戦より「ほふく前進」を選んだウクライナ...西側…

  • 9

    「可愛すぎる」「飼いたくなった」飼い主を探して家…

  • 10

    「嘔吐する人もいた」アトラクションが突如故障、乗…

  • 1

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があったのか

  • 2

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...「スナイパー」がロシア兵を撃ち倒す瞬間とされる動画

  • 3

    マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

  • 4

    これぞ「王室離脱」の結果...米NYで大歓迎された英ウ…

  • 5

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 6

    「ケイト効果」は年間1480億円以上...キャサリン妃の…

  • 7

    J.クルーのサイトをダウンさせた...「メーガン妃ファ…

  • 8

    ロシアに裏切られたもう一つの旧ソ連国アルメニア、…

  • 9

    常識破りのイーロン・マスク、テスラ「ギガキャスト」に…

  • 10

    ロシア黒海艦隊、ウクライナ無人艇の攻撃で相次ぐ被…

  • 1

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 2

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部隊がロシア軍の塹壕に突入

  • 3

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 4

    黒海艦隊「提督」の軽過ぎた「戦死」の裏に何があっ…

  • 5

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 6

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 7

    サッカー女子W杯で大健闘のイングランドと、目に余る…

  • 8

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 9

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 10

    ロシア戦闘機との銃撃戦の末、黒海の戦略的な一部を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story