コラム

アパホテル抗議デモの舞台裏、どんな人たちが参加したのか

2017年02月13日(月)22時23分

さまざまな問題のなかでも大変だったのは意見の統一だったとAさんは言う。企画の初期から参加していた男性Wさんは横断幕により強い表現を使おうと主張したが、Aさんはあくまでデモの趣旨を元谷代表の著書の問題性を批判することにしぼり、同時に日中友好のメッセージも伝えたいと考えていた。

結果として、Aさんの願い通り、デモは平和的かつ統制のとれた内容になった。感情的になって抗議者と衝突しないよう「冷静になろう」と声をかけあっていたし、日中友好というスローガンも掲げられた。日本で生活する在日中国人のアピールとして、中国国旗だけではなく日の丸も身につけていた。

静かに意思を表明したいという思いからシュプレヒコールをあげない沈黙のデモとするスタイルも徹底された。実質的にデモができない国・中国から来た人々による"初めてのデモ"としては合格点をあげられると私は感じた。

【参考記事】「冷静に、理性的に」在日中国人のアパホテル抗議デモ

デモ参加者が当初予定より激減した理由

もちろん、すべてがうまくいったわけではない。残念だったのは意見の分裂だ。上述のWさんは自分の意見が通らないことを知ると今度はデモの延期を主張。デモ開催日前日になって参加希望者連絡用のSNSに延期を伝える書き込みを独断で投稿した。

参加希望者の数は1000人を超えていたが、この投稿によって参加をとりやめた人も少なくなかったようだ。また、当日はデモ集合場所の周りが警官や抗議団体によって二重三重に囲まれていたため、現地まで来たものの怖くなって参加をとりやめた人もいた。

とはいえ、何より参加者数に大きな影響を与えたのは、デモの情報が漏れて前日に産経新聞に報じられ、保守派団体がカウンターデモの開催を呼びかけていたことだろう。当然、参加希望者たちはそれを知っていた。「右翼に暴行される」などと怖くなって、当日の集合場所に来なかった人はかなり多かったと思われる。

また、発起人のAさんに言わせれば、デモの出発予定時刻が午後3時だったのに、抗議団体に囲まれ、警察に促される形で予定の17分前に出発する羽目になったことも参加者数に大きく響いた。中国人は時間ギリギリに来る人が多いからだ。

そんなわけで、デモの参加者は最終的に100人に満たなかったようだが、それでもデモができない国からやってきた彼らがデモを成功させたことは賞賛に値するのではないか。静かなスタイルで、元谷代表の著書の問題性を批判するという彼らの目的は達せられたと言える。また、デモの目的地であるアパホテル前に到着した際には、遅れてきた人や直接アパホテルに向かった人たちが合流し、最終的には300人近くに人数が膨れ上がったことも記しておきたい。

いずれにせよ、これまで日本で、チベット問題や天安門事件など「対中国」のデモを在日中国人たちが行ったことはあったが、「対日本」のデモは今回が初めてだった。日本の警官隊が外国人である彼らの「対日本」のデモを守り、日本が民主主義国家として彼らに貴重な体験を与える度量を示したことは誇るべきことと言える。

在日中国人の人々が"初めてのデモ"を成功させたこと、民主主義国・日本が度量を示したこと、これはまことに喜ばしい。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

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