コラム

トランプが国民に銃を向ければアメリカは終わる

2020年06月04日(木)14時50分

反乱法に署名をしたのが、連邦政府の権限強化に消極的だったジェファソン大統領であることが示すように、この法律は大統領の権限を拡大するためのものではない。アメリカの歴史を通じて、反乱法が発動されたのは極めて限られた状況であった。ジェファソン自身は、ナポレオン戦争時にアメリカが中立を維持することに抗議するニューヨーク州とバーモント州の商人を取り締まるために発動した。ジャクソン大統領は、ナット・ターナー率いる大規模な奴隷の反乱を鎮圧するために軍を派遣した。南北戦争後の1871年に憲法上の権利を擁護するために軍を派遣できるように法改正がなされると、グラント大統領は黒人の殺害を繰り返していた白人至上主義組織クー・クラックス・クランを取り締まるために軍を投入した。

アイゼンハワーは黒人護衛に使った

1957年には、公立学校における白人と黒人の分離教育を違憲とする最高裁判決に違反し、アーカンソー州知事が州兵を使って黒人学生の登校を阻止したため、アイゼンハワー大統領が初めて知事の意向に反する形で軍を派遣し、黒人学生の登校を護衛させた。ケネディ大統領も同様の措置を取っている。また、1968年にキング牧師が暗殺された後に全米で広がった暴動を鎮圧するために、ジョンソン大統領がやはり軍を派遣している。近年では、1992年にロサンゼルスで白人警官が黒人市民を暴行したことをきっかけに大暴動が起こると、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が知事の要請を受けて軍を派遣した。2005年にハリケーン・カトリーナがニューオーリンズを壊滅状態にした際には、ジョージ・W・ブッシュ大統領が反乱法に基づいて軍による略奪阻止を検討したが、黒人知事の同意を得られず、同法の発動を見送った。

このように、反乱法は主に人種問題に起因する暴動や騒乱を鎮圧するために発動されてきた。しかし、1956年の法改正後も、州からの要請のないまま連邦軍を派遣することには、どの大統領も慎重であった。仮に、トランプが知事の要請を受けないまま、反乱法を発動した場合、州がその差し止めを裁判所に要請することになるだろう。ただし、最高裁判事2名を含め、トランプは多くの保守系判事を指名してきたため、裁判所が大統領の判断を支持する可能性がある。また、州知事のいないワシントンDCでは、大統領が軍を投入するための敷居は低い。だが、実際に軍が投入されれば、アメリカの分断がさらに深まるだけでなく、連邦制のあり方にも大きな影を落とすことになるだろう。

プロフィール

小谷哲男

明海大学外国語学部教授、日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障政策、日米同盟、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障。1973年生まれ。2008年、同志社大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。米ヴァンダービルト大学日米センター研究員、岡崎研究所研究員、日本国際問題研究所研究員等を経て2018年4月より現職。主な共著として、『アジアの安全保障(2017-2018)(朝雲新聞社、2017年)、『現代日本の地政学』(中公新書、2017年)、『国際関係・安全保障用語辞典第2版』(ミネルヴァ書房、2017年)。平成15年度防衛庁長官賞受賞。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「同意しない者はFRB議長にせず」、就任

ワールド

イスラエルのガザ再入植計画、国防相が示唆後に否定

ワールド

トランプ政権、亡命申請無効化を模索 「第三国送還可

ワールド

米司法省、エプスタイン新資料公開 トランプ氏が自家
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 5
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    砂浜に被害者の持ち物が...ユダヤ教の祝祭を血で染め…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story