コラム

住む家を追われ、食糧支援で飢えをしのぐ...ロンドンの小学校では大半が「ホームレス児童」という英国の異常事態

2023年10月24日(火)19時35分

住宅問題に取り組む英慈善団体シェルターとITVニュースの調査によると、イングランドでは8分に1世帯が何の落ち度もないのに民間の賃貸住宅から退去させられている。毎日172世帯、毎月5223世帯がホームレスになっている計算だ。民間賃貸住宅に住む家族を対象にした調査では40%が退去を命じられた後、次の住宅を探すのに2カ月以上かかったと答えた。

家主が家賃を10%値上げしたら、その賃貸住宅で住めなくなると61%が回答した。半数以上が現在暮らしている賃貸住宅を失うことを恐れている。ロンドンでは慢性的に賃貸住宅が不足しており、コロナ危機後のインフレで家賃が急騰した。英紙フィナンシャル・タイムズによると、ロンドンの賃借人は収入の35%を家賃の支払いに充てている。

公営賃貸住宅の不足はサッチャー首相が原因

低所得世帯ではこの数字は実に46%に跳ね上がる。ロンドンの賃貸住宅の相場は月平均1450ポンド(約26万6300円)。過去4年間はほぼ横ばいだったが、昨年後半から記録的な勢いで上昇している。民間に比べるとはるかに安い公営賃貸住宅が不足している原因はマーガレット・サッチャー首相時代にさかのぼる。

1980年8月、サッチャー首相は公営賃貸住宅を購入できる権利をその賃借人に与える法律を制定した。79年の総選挙でサッチャーは公営賃貸住宅の割引販売を保守党のマニフェスト(政権公約)に盛り込んだ。割引率は市場価格の33%から始まり、居住20年以上の賃借人は期間に応じて最大50%の割引価格で購入できるとうたっていた。

これで公営賃貸住宅の賃借人は夢のマイホームを手に入れ、その後、高騰した住宅を売却して裕福な郊外に引っ越した。もともと公営賃貸住宅だったロンドンの物件は今や何十万ポンドの高値で取引され、中には日本円にして1億円を超えるものもある。競争を促す市場原理主義は経済を活気づけるが、公共政策に持ち込むと大きな歪みを生み落とす。

英国家統計局(ONS)によると、9月の消費者物価指数(CPI)は6.7%と高止まりし、食料品インフレは12.1%。昨年4月から男女の食費を追跡調査している市民団体「フード・ファンデーション」によると、女性の食費は23.9%上昇し、週50.76ポンド(約9290円)。男性の食費は27.5%値上がりして週55.49ポンド(約1万156円)だという。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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