コラム

スコットランド独立に猛進した「雌ライオン」スタージョンが見誤った「真の民意」

2023年02月16日(木)19時03分
英スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相

英スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相(2月15日) Jane Barlow/Pool-Reuters

<「私は頭と心で後継に道を譲る時が来たと理解した」と、辞任を表明したスコットランド自治政府のスタージョン首相>

[ロンドン]2度目の独立住民投票に突き進んできた英スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相が15日、緊急の記者会見を開き、辞任を表明した。世論の反対を押し切って性別認定証明書を取得しやすくするジェンダー改革を進めようとして足元をすくわれた格好だが、根本には自分の任期中に独立の道筋が完全に閉ざされたことがある。

「スコットランドの雌ライオン」の異名を取るスタージョン氏は「私は首相になった当初から良い仕事をするには他の誰かに道を譲るべき時が来たら本能的に自覚することだと信じてきた。たとえ国中の多くの人々や党員が早過ぎると感じたとしても、それを実行する勇気を持つことが大切だ。私は頭と心でその時期が今だと理解した」と心情を吐露した。

無念というより寂しさを漂わせる辞任会見だった。英誌スペクテイターは1万4897語の辞任演説の中で「私は」「私を」「私の」という1人称の単語が153回も使われたのに対し「スコットランド」には11回しか言及しなかったと指摘する。この差はスタージョン氏が「私」と「スコットランド」の間に埋めがたい距離を感じていたことをうかがわせる。

独立運動の背景にはスコットランドが10~11世紀からイングランドと争いを繰り広げ、18世紀に事実上、併合された長い歴史が横たわる。米映画『ブレイブハート』でメル・ギブソンが抵抗運動の指導者ウィリアム・ウォレス役を好演して5部門でアカデミー賞に輝いた。「英国で最も有能な政治指導者」と言われるスタージョン氏こそ「現代のウォレス」だ。

スコットランド経済は日本で言えば北海道経済に似ている

英国は2016年の欧州連合(EU)離脱国民投票以来、「政界の道化師」ボリス・ジョンソン元首相とナイジェル・ファラージ元英国独立党(UKIP)党首に象徴される「悪酔い政治」に苛まれてきた。そのツケがいま重くのしかかる。いまだ10%を超えるインフレ。今年、国際通貨基金(IMF)は主要7カ国(G7)の中で唯一、0.6%のマイナス成長を予測している。

スコットランド経済は日本で言えば北海道経済に似ている。沈むのは早く、回復するのは遅い。スコットランドは今年1%のマイナス成長となり、景気後退前のレベルに回復するのは25年と予測されている。そんな中で独立こそがスコットランドを再生させる魔法の杖だと唱え続け、酔い醒ましのような強烈な印象を放ってきた雌ライオンも力尽きたのか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏巨額報酬案巡るテスラ株主投票、否決の公算は

ワールド

オランダ総選挙、中道政党が極右を抑え勝利へ 最年少

ワールド

日銀総裁会見のポイント:利上げへの距離感探る、経済

ワールド

成長率予想を小幅上方修正、物価見通し維持 ガソリン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨の夜の急展開に涙
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理…
  • 6
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【クイズ】12名が死亡...世界で「最も死者数が多い」…
  • 10
    リチウムイオンバッテリー火災で国家クラウドが炎上─…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 10
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story