コラム

寒さと飢えで亡くなる人も...値上げと不況にあえぐ英国、過去10年で最大のストも発生

2023年02月02日(木)17時48分
教職員による大規模スト現場

教職員による大規模スト現場(2月1日、ロンドン) Toby Melville-Reuters

<光熱費が払えないと自動的に暖房を停止させる、エネルギー供給会社の無情な措置も。50万人規模のストで教育現場は大混乱に陥った>

[ロンドン]欧州連合(EU)離脱からまる3年が経った英国で2月1日、50万人にのぼる教職員、公務員、鉄道・バス運転手、大学講師が大規模ストに入り、過去10年で最大の労働争議に発展している。ウクライナ戦争で悪化したエネルギー価格の高騰やインフレに賃上げが追いつかず、労組側は同月24日までストを構えて労使交渉に臨む構えだ。

市民生活がどれだけ追い詰められているかを物語るスクープを英紙タイムズが報じている。英国最大のエネルギー供給会社ブリティッシュガスが高騰した光熱費を払えなくなった利用者宅に鍵屋と協力して入り、前払い式メーターを強制的に取り付けている実態が暴露された。光熱費を滞納した場合、裁判所はブリティッシュガスに強制立ち入りを許可する令状を出す。

同紙記者はブリティッシュガスが光熱費の滞納を取り立てるために利用している会社にアルバイトとして潜入。氷点下、取り立て会社が鍵屋を伴って3人の幼子を育てるシングルファーザーの自宅に入り、前払い式メーターを取り付ける現場に同行した。光熱費を払えなくなった家庭の暖房は自動的にシャットアウトされる非情な措置だ。

記者がこっそり確認した業務ノートには「重度の双極性障害」を患う50代の女性、「運動障害に苦しみ、一部視力を失った」女性、「娘が障害者で移動用のホイストと電動車いすを持つ」母親が含まれていた。ターゲットの多くはシングルマザーや年配女性である。同紙の取材を受け、ブリティッシュガスは前払い式メーターの強制取り付けを中止した。

光熱費と食費で年間32万円増

エネルギー価格の高騰で2019年には27万5000件だった裁判所の立ち入り許可件数は昨年の11カ月間で34万5000件に膨れ上がった。英エネルギー規制当局オフジェムは、前払い式メーターの強制取り付けは最終手段であり、利用者が年金受給者、心身障害者、妊婦、5歳未満の子供がいる世帯には行ってはならない指針を示している。

取り立て会社には前払い式メーターを取り付けるとボーナスが支給される。このためオフジェムの指針は取り立て現場では完全に無視されていた。一般家庭の光熱費はロシアのウクライナ侵攻で年間1200ポンド(約19万1100円)も高騰している。取り立ての際「ドアを開けなければ警察が蹴破って家宅捜索する」と利用者を脅すのが常套手段になっていた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中閣僚貿易協議で「枠組み」到達とベセント氏、首脳

ワールド

トランプ氏がアジア歴訪開始、タイ・カンボジア和平調

ワールド

中国で「台湾光復」記念式典、共産党幹部が統一訴え

ビジネス

注目企業の決算やFOMCなど材料目白押し=今週の米
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水の支配」の日本で起こっていること
  • 4
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 5
    メーガン妃の「お尻」に手を伸ばすヘンリー王子、注…
  • 6
    1700年続く発酵の知恵...秋バテに効く「あの飲み物」…
  • 7
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下にな…
  • 8
    【テイラー・スウィフト】薄着なのに...黒タンクトッ…
  • 9
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 10
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story