コラム

子供たちが殺されている前でお金の話をしないで...日本企業へ、ウクライナ人の思い

2022年06月11日(土)16時03分
デニス・ドラッチ氏

食料や水、衣料品などの支援物資をウクライナ東部に送るドラッチさん(筆者撮影)

<日系企業に20年務めるウクライナ人は、ロシア軍が子供の命を奪っているときに企業が「中立を守る」ことが正しいとは思えないと訴える>

[ウクライナ西部リビウ発]「政治的な問題を避けようとする日本の企業文化は理解しています。しかし人が人を殺す時、中立はあり得ません。それは中立を超えた問題です。人の命とお金を天秤にかけることはできません。その境界線を越えた時、疑問の余地はないはずです。洞窟の中に隠れることや中立を守ることが私には正しいとは思えないのです」

三菱自動車ウクライナの最高執行責任者(COO)、デニス・ドラッチさんは抑え切れない感情を吐き出した。「ロシアを支持する人、ロシアに反対する人がいます。塀の上に座って様子を見ていて済む状況ではありません。ロシア軍がミサイルやロケットを撃ち、ウクライナの子供たちの命を奪っている時に中立という選択肢はあり得ないのです」

ドラッチさんはちょうど20年前にセールスマネージャーとして三菱自動車ウクライナで働き始めた。年を追うごとに営業部長から事業部長へと少しずつ昇進し、約10年前にCOOに就任した。「今ロシアでお金を稼ぐことにこだわることがそんなに必要なことだとも、良いことだとも思いません」

ドラッチさんはロシア軍がウクライナに侵攻した時、ウクライナ南西部にそびえるカルパティア山脈のスキーリゾート、ブコベルで妻、子供2人とスキーを楽しんでいた。「信じられませんでした。ロシアがこれほど愚かで、理にかなわないことをするとは思いもしませんでした」。すぐに家族3人をドイツに出国させ、自分はウクライナ国内にとどまった。

「彼らは正常な世界に戻ることを望んでいるが、そうはならない」

ドラッチさんは本業の傍ら、ウクライナ慈善人道基金のCOOとして食料や水、衣料品などの支援物資をウクライナ東部に送っている。救急車24台、1万セットの緊急医療キットを含め総額22万5000ドルの支援をこれまでに行った。幼い頃、心臓手術を受け、徴兵を免除されているドラッチさんは「戦うことも銃を撃つこともできない私の祖国への貢献です」と語る。

「正直なところ日本の企業はこの問題が存在しないことを望んでいるように思えるのです。これが率直な感情です。この問題が単に消えてなくなれば、日系企業は幸せになるのでしょう。日本の場合、政府の方が大企業よりウクライナを支援しているように感じます。企業の方が政府より支援を打ち出すのが普通ですが、日本では事情が全く異なります」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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