コラム

コロナからの回復で「悪いインフレ」に直撃されるイギリス

2021年10月07日(木)10時51分

昨年、一般家庭の食費は月277ポンド(約4万2100円)だったが、今年は285ポンド(約4万3300円)まで上昇する恐れがあるとデーリー・メール紙は指摘する。スーパーでは空っぽの食料品棚が目立つため、クリスマスの品切れを心配して冷凍七面鳥の注文が激増している。54%の家庭がクリスマスを迎える余裕がないと心配しているという世論調査もある。

英首相は「数学と科学」支援を宣言

英イングランド北西部マンチェスターで開かれている与党・保守党の年次党大会最終日の10月6日、ボリス・ジョンソン首相は党首演説で、労働力不足を補うために「低賃金・低成長・低スキル・低生産性を可能にしているのは管理されていない移民の流入だ。私たちはこの古くて壊れたモデルには戻らない」と強調した。

「移民の流入をわれわれの手でコントロールし、才能のある人々がこの国に来ることを認める。人々や技術、設備、機械への投資を怠ってはならない。労働者の一人ひとりが自分の仕事やその質に誇りを持てるよう高賃金・高スキル・高生産性の経済を目指す」という。低賃金移民労働者の大量流入こそがイギリスをEU離脱に追い込んだ最大の理由だった。

イギリスでは地域間の格差は経済だけでなく命の長さにまで及ぶ。超高級住宅リッチモンド・アポン・テムズとイングランド北西部ブラックプールの平均寿命には20年の差がある。ジョンソン首相は「どうして住む地域が異なるだけで他の人より貧しいことが運命づけられるのか」と訴え、教育とスキルへの投資で地域格差の解消に努めることを誓った。

3千ポンドのインセンティブを付けて数学と科学の教師を取り残された地域に送り込む。機会の平等ではなく、貧困地域の機会を促進するという。

kimura20211007093302.jpg
党首演説を終え、妻のキャリーさんと口づけを交わすジョンソン首相(筆者撮影)

賃金は上昇し始めたが

ジョンソン首相は「ワクチンを早く展開できたおかげで、イギリスは先進7カ国(G7)の中で最速の成長を実現している。失業者は予測を200万人も下回っている。需要も急増し、10年以上も停滞していた賃金が上昇している」と胸を張った。

大学発バイオベンチャーや再生可能エネルギーの促進に「高賃金・高スキル・高生産性」の兆しが見られるのは確かだ。そして今年第2四半期の賃金の上昇は3.6~5.1%と試算され、同じ期間のインフレ率を上回った。低賃金と劣悪な条件の移民労働者に依存していた産業分野で賃金が上昇するのは悪いことではない。

しかし人手不足による急激な賃上げは生産性の向上につながらず、コストプッシュ型の「悪いインフレ」を引き起こす恐れがある。賃金上昇が小幅にとどまる産業分野も少なくない。しかし年率4%のインフレはすべての家計を平等に直撃する。低所得者向け社会保障給付の申請者はコロナで300万人から600万人に倍増。低所得者層の困窮は目の前に広がる。

「高賃金・高スキル・高生産性」の実現には時間がかかる。ジョンソン首相の向こう見ずな楽観主義は今、生活に苦しんでいる低所得者や失業者には現実離れしているように響くかもしれない。昨年、コロナによる「恐怖の冬」にふるえたイギリスは今年、生活費の高騰に苦しむ「不満の冬」に突入する恐れがある。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

立公新党「中道改革連合」と命名、衆院選で消費減税掲

ワールド

中国とカナダが首脳会談、習主席「関係改善へ協力継続

ワールド

米、国境警備の漸進的進展「容認できず」 メキシコに

ビジネス

三菱商事、米企業のシェールガス事業を約1.2兆円で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑について野次られ「中指を立てる」!
  • 2
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 3
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試掘の重要性 日本発の希少資源採取技術は他にも
  • 4
    イランの体制転換は秒読み? イラン国民が「打倒ハ…
  • 5
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 7
    年始早々軍事介入を行ったトランプ...強硬な外交で支…
  • 8
    母親「やり直しが必要かも」...「予想外の姿」で生ま…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 7
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 8
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 9
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 10
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 8
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story