コラム

熱に浮かされたように強硬離脱に向かう英国 日系企業は最悪シナリオに備えよ

2018年10月03日(水)16時00分

しかし、その熱狂には根拠がある。英国がEUの前身である欧州経済共同体(EEC)に加盟した1973年、フランス、ドイツ、イタリア、ベネルクス三国6カ国の国内総生産(GDP)は世界経済の21.7%を占めたが、今では12%。英国が抜けたあとのEU27カ国のGDPは18.5%に過ぎない。

英国の輸出先全体に占めるEUの割合は1999年の61%から2025年には35%にまで下がっている。自由貿易と市場主義が遺伝子の中に組み込まれている通商国家の英国にとって、規制と域外関税、クオータ制で高い塀を築くEUは自由貿易を阻む「監獄」なのだ。EU監獄からの大脱走の指揮を執るボリスが拳を振り上げた。

「世界成長の95%がEU域外で起きるようになった現在、欧州の単一市場に40年前ほどの意味はなくなった。メイ首相の離脱案では、卵を12個入りで売るのを禁止したり、糖尿病患者が車を運転するのを禁じたりするEUの馬鹿げた規制をそのまま施行せざる得なくなる」

迷惑するのは進出企業

ボリスをはじめとする離脱強硬派が目指しているのは、EU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せする自由貿易協定(FTA)だ。「スーパー・カナダ型FTAこそ、メイ首相本来の考えに沿ったものだ。今こそチェッカーズを放り捨てる時だ」とボリスが雄叫びを上げた。

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EU離脱交渉、英国側の選択肢(筆者作成)

メイ首相が現在の離脱案にこだわり続け、EUとの交渉が座礁した暁には、ボリスら離脱強硬派がクーデターを起こすのは必至の情勢だ。しかし、新聞社のブリュッセル特派員時代からEUをさんざんくさしてきたボリスが首相に就任すれば、EUから突き放され、英国は「合意なき無秩序離脱」に追い込まれる恐れが極めて強い。

欧州懐疑派の台頭に頭を痛めるEU側が譲歩して、メイ首相の離脱案で妥結することはあり得ないだろう。メイ首相は離脱強硬派が主張するスーパー・カナダ型FTAに方向転換するしか生き残る道はない。犠牲になるのは英国とEUにまたがるサプライチェーンを持つ日系自動車メーカーの日産、トヨタ、ホンダや製造業だ。

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英国の行方には難関が待ち受ける(筆者作成)

100年に1度の大事を迎えた英国にとって日系企業のサプライチェーンなど小事に過ぎないのだ。恐ろしいことに、保守党大会では「サプライチェーンへの影響は誇張されている。アジャストするのは企業の責任だ」という無責任極まりない意見が大手を振ってまかり通っている。

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プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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