コラム

非自由主義を宣言したハンガリーのオルバンが議会選挙で圧勝した理由

2018年04月19日(木)13時41分

2014年にはハンガリー系住民が多いルーマニア中部トランシルヴァニア地方の大学で「ハンガリーは自由主義の原則と手段から決別しなければならない」と宣言した。「自由主義的でも、おそらく民主主義的でもないシンガポール、中国、インド、ロシア、トルコといった国々が成功を収めている。自由主義国家、福祉国家の次に来るのは『就労に基づく国家』で、ハンガリーはそこに向かっている」

「ハンガリーは単なる個人の集合体ではない。組織され、強化されなければならない一つの共同体だ」という国家像を明確に描いてみせた。

2015年の欧州難民危機ではバルカン半島を北上してくる難民を食い止めるため、セルビアとクロアチアとの国境に高さ4メートルもある有刺鉄線のフェンスを523キロメートルにわたって張り巡らした。ドイツのアンゲラ・メルケル首相が主導したEUの難民割当制を拒否。難民を「イスラム教徒の侵略者だ」と呼んで自らを正当化した。

敵はジョージ・ソロス

オルバン首相は「ハンガリー・ファースト」を声高に唱える国家主義者だ。攻撃の矛先はハンガリー出身の米投資家でブダペストに中央ヨーロッパ大学を創設したジョージ・ソロス氏にも及び、移民を支援する非政府組織(NGO)を禁止する「ソロス阻止」法案を提出した。

しかしオルバン首相自身、1989年にソロス氏のオープン・ソサイアティ奨学金を最初に受けた3人のうちの1人で、英名門オックスフォード大学に留学している。別の1人は同大学の副学長になったが、ソロス氏が攻撃にさらされたことから大学の存続が一時、危ぶまれた。

自由主義的で「開かれた社会」を目指すソロス氏はオルバン首相にとって格好の「外敵」だ。世界金融危機の犠牲者を味方につけるため、極右政党ヨッビクと同じく、オルバン首相は、グローバリゼーションの象徴である移民に集中砲火を浴びせ、戦争で国土を失った歴史的な屈辱感と排外主義をあおってきた。

プーチン首相への崇拝を隠さないオルバン首相が圧倒的な多数で選ばれたことは欧州の未来にとって何を意味するのか。EU懐疑主義政党の得票率はフランスで4割、イタリアで5割を占めるようになり、オーストリアやチェコでも勢力を拡大している。ドイツが主導した緊縮策で欧州大陸は不満をため込んでいる。

緊縮策を緩めて上手くガス抜きができるのか、それとも予測のつかないかたちで爆発してしまうのか。暗く、長いトンネルの出口はまだ見えない。

【参考記事】
ハンガリーで民主主義の解体が始まる──オルバン首相圧勝で

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>


プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

英EU離脱は貿易障壁の悪影響を世界に示す警告=英中

ワールド

香港国際空港で貨物機が海に滑落、地上の2人死亡報道

ビジネス

ECB、追加利下げの可能性低下=ベルギー中銀総裁

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、政局不透明感後退で 幅広
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「実は避けるべき」一品とは?
  • 4
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 5
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 6
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 7
    自重筋トレの王者「マッスルアップ」とは?...瞬発力…
  • 8
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 9
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 10
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 9
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 10
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story