コラム

アメリカ「高圧経済」の前提が崩れ、日本に「最悪の組み合わせ」が迫る

2021年06月29日(火)20時16分
FRBのパウエル議長

KEVIN LAMARQUEーREUTERS

<コロナで失業した労働者が、景気回復期になっても戻ってこない? アメリカ金利引き上げの危険度とは>

アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備理事会)は、6月16日のFOMC(連邦公開市場委員会)において、2023年にゼロ金利政策を解除する方針を示した。

これまでFRBは解除について24年以降としてきたが、今回の決定によって1年前倒しになる。金融政策が正式に変更されたわけではないが、量的緩和策の縮小に向けて大きく動きだしたとみてよいだろう。

FRBのパウエル議長は3月の講演で「長期金利の上昇を注視している」と述べたものの、「景気支援策の縮小には程遠い」として緩和策の維持を強調していた。だが、足元ではインフレ懸念が急速に台頭しており、発言からわずか3カ月でスタンスの変更を余儀なくされた格好だ。

米労働省が発表した5月の消費者物価指数は前年同月比で5.0%もの上昇となっており、3カ月連続で2%を上回った。ワクチン接種が順調に進むアメリカでは、企業がコロナ後の景気回復を見据えて先行投資に邁進しており、5月の数字は過熱した投資がもたらす一時的なものとの解釈がもっぱらである。

仕事の価値観が変わった可能性

だがバイデン政権は総額5.7兆ドルに達する巨額の財政出動を計画しており、アメリカの景気は今後、堅調に推移する可能性が高い。どこかで腰折れするリスクはあるものの、基本的に金利と物価は上昇トレンドにあると考えてよいだろう。

現在のFRBは雇用を重視しており、景気過熱リスクを背負ってでも雇用の底上げを目指す、いわゆる「高圧経済」路線を採用している。リーマン・ショックからの回復局面においては高圧経済にも合理性があったが、今後も同じであるとは限らない。

このところ景気の急回復に伴ってアメリカの求人数はうなぎ上りだが、新規採用者数は横ばいにとどまっている。

大量に解雇された労働者がいるにもかかわらず、再就職する人が少ないのは、コロナ危機をきっかけに多くの労働者が仕事に対する価値観を変えた可能性を示唆している(給付金の効果が完全に切れた段階で、この仮説はより明らかになるだろう)。

今後、景気が順調に回復しても、条件の悪い仕事には人が集まらず、労働市場の指標が思ったほど改善しない可能性もある。これが事実なら構造的な変化が発生していることになり、この状況に対して労働指標が改善するまで高圧経済を続ければ、弊害のほうが大きくなってしまう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

バングラ総選挙、来年2月に前倒しの可能性 ユヌス首

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

G7、ロシアに圧力強化必要 中東衝突は交渉で解決を

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story