コラム

自称「大国ロシア」の没落が変える地政学──中国の見限りと寝返りが与える影響

2022年10月21日(金)16時37分

今は「新冷戦」といわれる時代でもある。片や米欧日豪、片や中ロの枢軸というわけだ。インドはさながらカレーのごとく、何にかけてもさまになる存在で、双方の集まりに顔を出している。

「中ロ枢軸」は2010年代、リーマン・ショックによる西側経済の挫折を契機に強化された。紙幣を増刷して経済を維持・拡大させた中国の習政権が自己主張を強めてアメリカと対立、相棒としてロシアを重視したからである。

毛沢東の文革路線に共感を持つ習にしてみれば、ロシアはやはり共産主義の故地。ユーラシアの遊牧民族が言う「兄」のような存在なのだ。

しかしロシアと同様、中国も一筋縄ではいかない。中国は国内にチベットやウイグル、そしてモンゴルなど、分離主義の脅威を抱えているから、ロシアが周辺に攻め込んでそこを独立させたり、併合したりするのをおいそれとは容認できない。

だから、08年にロシアがジョージアに攻め込んで「独立」させた南オセチア・アブハジアの2つの存在を、中国はいまだに国家として承認していない。それは14年のクリミア併合の時も同様で、ウクライナとも兵器の購入などで緊密な関係を維持する中国は、ロシアのクリミア併合を今でも認めていない。

そして今回の戦争が始まる直前、プーチンが「独立」を承認したウクライナのドネツク・ルガンスクの2つの「人民共和国」(ロシアが10月5日に「併合」)にしても中国は国家として承認していないし、前記3月の国連総会でのロシア非難決議には、2回とも反対票を投じることなく棄権で通している。

しかも、中国は西側のロシア制裁を批判しつつも、これを侵すことは慎重に避け、中国の銀行はロシアとの取引への融資を回避している。アメリカに制裁されて、アメリカとのビジネスができないようになるのを恐れているのである。

確かに中国はロシア原油の輸入を急増させてはいるが、ロシアの窮状に付け込んで買いたたいている。ロシアは欧州向けの天然ガスを止めているが、これを中国へ振り向けるパイプラインはない。

米ロ関係が当面行き詰まっているのに比し、米中はまだ合意の余地を残している。台湾については、米日豪による抑止の体制が成立すれば、1975年の全欧安全保障協力会議(CSCE)のように、台湾をめぐり武力使用の放棄、境界の現状維持で合意することはできる。

それに中国経済や人民元は、世上言われているほどの力、つまり世界を2つの陣営に分けてしまうほどの力は持っていない。中国はロシアよりはるかに経済への依存度が大きく、その経済では西側に依存する度合いが、西側が中国に経済的に依存している度合いより大きく、かつ致命的なのである。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

インド通貨ルピー、約2週間ぶりに史上最安値更新

ビジネス

日経平均は5日ぶり反落、5万円割れ 日銀総裁発言で

ワールド

インドネシア貿易黒字、10月は予想下回る 中国需要

ワールド

韓国当局、個人投資家の保護措置見直しへ 為替リスク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 5
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 8
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 9
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 10
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story