コラム

ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

2019年04月17日(水)11時45分

米国はイラン包囲網を形成しようとしたとされるが、イラン核合意から離脱したトランプ政権によるイラン敵視政策を警戒して、ドイツやフランス、欧州連合(EU)は外相級の代表の派遣を見送り、米国の思惑は外れたと評価された。

その一方で、ハアレツ紙によると、ネタニヤフ首相は会議後に「アラブの指導者たちの発言はアラブの民衆がイスラエルとの関係正常化を受け入れる基礎となる」と語り、「アラブ諸国の代表はイランを公然と批判した。あるアラブの代表が『イスラエルには自衛する権利がある』と発言したことは、重大な出来事である」と、アラブ諸国との関係正常化への手ごたえを強調した。

イスラエルの首相が出席する国際会議に外交関係がないアラブ諸国の外相が出席するのは、湾岸戦争後に米国が主導した1991年のマドリード中東和平会議以来であり、異例のことである。

イスラエル首相府は会議直後に、3人のアラブ諸国の代表が非公式のパネル討論で話している25分間のビデオをYouTubeで公開した。イスラエル・タイムズはそのビデオの内容を次のように報じている。


UAEのアブドラ外相はイスラエルが在シリアのイラン軍を攻撃することについて質問され、「他国から脅威を受ければ、どの国にも自国を守る権利がある」と語った。またバーレーンのハーリド外相は「イスラエル・パレスチナ問題は解決すべき最重要課題だが、今より大きな脅威がイスラム共和国(イラン)から来ている。我々はこの問題を解決するために、イスラエルとより近い関係にある」と語った。さらに、サウジのジュベイル国務相は「イスラエルとパレスチナの平和がなければ、地域の安定はないが、パレスチナでハマスやイスラム聖戦を支援しているのはイランであり、どこに行ってもイランの邪悪な行動がある」と述べた。

ビデオは秘密に録画し流出させたもので、公式にはすぐに削除されたが、ビデオ自体は様々なサイトに残っており、ネタニヤフ首相が語ったアラブ諸国の態度の変化の証拠を示す材料となっている。

2018年春からイスラエルの「自衛権」擁護の動きは出ていた

湾岸諸国からイスラエルの「自衛権」を認めるような発言が出たのは、これが初めてではない。2018年5月、シリア南部にいるイラン革命防衛隊がゴラン高原のイスラエル軍陣地に向けてミサイルを発射し、イスラエル軍がその報復として、シリア国内のイラン革命防衛隊の軍事施設を空爆、イラン人とシリア人計20人以上が死亡した事件が起こった。

この時、バーレーンのハーリド外相がツイッターで「イランが攻撃に出て、軍隊やミサイルで他国を脅かす限り、イスラエルを含め、どんな国にも危険から自国を守る権利がある」というメッセージを発信した。イスラエル・タイムズはすかさず、「バーレーンはイスラエルのシリア攻撃を支持した」と、このツイートを取り上げた。

イスラエルの占領地であるゴラン高原への攻撃について、アラブの国であるバーレーンが「自衛権への侵害」とみなして、反撃を支持したのは極めて異例である。ワルシャワ中東会議でイスラエル首相府が流出させたビデオの中で、UAEのアブドラ外相が「自衛権がある」と語ったのも、同じ主張である。

2018年10月には、サウジの有力紙シャルク・ルアウサトのコラムで、同紙元編集長アブドルラフマン・ラシード氏が「イスラエルとの禁じられた関係を終わらせるべきだろうか。私はそう思う」と書いた。

「シリア内戦によってイランの民兵がシリアに入り、イスラエルが安全地帯と捉えている地域に入ったことで、イスラエルはアラブ諸国がなしえなかったシリアでのイランの影響力を抑えるという重要な役割を果たすようになった。それによって地域の軍事的な均衡が保たれるようになり、かつてアラブ諸国から忌避されたイスラエルが地域の安全保障を担うようになっている」

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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