コラム

ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

2019年04月17日(水)11時45分

シャルク・ルアウサトはサウジのメディアとして政府の統制下にあり、バーレーンもサウジの強い影響下にある。このような「イスラエル擁護」の発言は、現在のサウジ政府の意向に沿うものと考えるしかない。

実際に、サウジで実権を握る33歳の若いムハンマド皇太子が2018年3月に米国を訪問した際、米アトランティック誌のインタビューの中で、「イスラエル人にも自分の土地を所有する権利がある」と語っている。

「ユダヤ人は祖先が住んでいた土地に民族国家を持つ権利があると思うか」という質問に対して、皇太子は「私はどんな場所でも、どんな民族も、それぞれ自分たちの平和な国の中で生きる権利があると思う。パレスチナ人もイスラエル人もそれぞれの土地を所有する権利がある。しかし、我々はすべての人々の安定を保証し、正常な関係を持つために和平合意を必要とする」と語った。

このインタビューはイスラエルでは、サウジの皇太子がユダヤ人の権利を認めたとして大きな注目を浴びた。サウジのシャルク・アウサト紙にもインタビューのほぼ全文が掲載され、「イスラエル人も土地を所有する権利がある」という下りも、そのまま入っている。

それまでのアラブの指導者たちは「ユダヤ人は敵ではなく、敵はイスラエルだ」という理屈だったが、ムハンマド皇太子のように「イスラエル人の権利」を公然と認めたのは異例である。

カショギ事件で米国に影響を与えたのはネタニヤフだった?

トランプ大統領がゴラン高原にイスラエルの主権を認めたのは唐突だったが、2018年春から湾岸諸国で「イスラエル擁護」の動きが出ているのを知り、ワルシャワ会議を見ると、何か周到に準備されたシナリオがあるように思えてくる。

その延長上にネタニヤフ首相の「入植地併合」やトランプ大統領の「世紀の取引」があり、今後、パレスチナ包囲網が進んでいくのだろう。

この動きの中心にいるのは、トランプ大統領、ネタニヤフ首相、ムハンマド皇太子である。

ムハンマド皇太子と言えば、2018年10月にトルコのイスタンブールのサウジ領事館で起こったサウジ人ジャーナリスト、カショギ氏殺害事件への関与を疑われて、一時は厳しい立場に立ったことは記憶に新しい。米国でも「CIAはムハンマド皇太子が殺害を指令したと結論付けた」と主要メディアが報じた。

米議会からは皇太子の責任を問う声や、サウジへの軍事支援の停止など制裁を求める意見が出たが、トランプ大統領は「彼はサウジの指導者であり、サウジは我々にとってよい同盟者だ」とする姿勢を変えなかった。それによって、皇太子は生き延びたともいえる。

カショギ事件について、ネタニヤフ首相は当初から、「恐るべき事件だが、サウジアラビアの重要性と中東で果たしている役割を考慮しなければならない。サウジが不安定化すれば、中東ではなく、世界が不安定化する」と語り、ムハンマド皇太子を支持する姿勢を示していたとイスラエル・タイムズは報じている。

一方、ハアレツの外交問題専門記者は2018年11月上旬の時点で、「ネタニヤフ首相が『恐るべき事件だが、サウジアラビアはより重要だ』という立場をとるようにトランプ大統領に働きかけた。ムハンマド皇太子はネタニヤフ首相に大きな恩義を受けている」と書いている。米国のユダヤロビーに影響力を持つネタニヤフ首相がムハンマド皇太子擁護で動いたことが、トランプ大統領に影響を与えたということだろう。

イスラエル総選挙でネタニヤフ首相の続投が確実となったことで、今後、<米国-イスラエル-サウジアラビア>が連携してパレスチナを追い詰める動きが進みそうだが、それが中東情勢にどのような影響を与えるかは、次回のコラム「パレスチナ問題の特殊性 中東全体の危機へと広がり得る理由」で考察する。

ニューズウィーク日本版 ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月24号(2月17日発売)は「ウクライナ戦争4年 苦境のロシア」特集。帰還兵の暴力、止まらないインフレ。国民は疲弊し、プーチンの足元も揺らぐ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:「氷雪経済」の成功例追え、中国がサービス投資

ワールド

焦点:米中間選挙へ、民主党がキリスト教保守層にもア

ワールド

トランプ米大統領、代替関税率を10%から15%に引

ワールド

中国、米国産大豆追加購入の可能性低下も 関税違憲判
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 2
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官が掲げる「新しいスパイの戦い方」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 5
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 6
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 7
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    「窓の外を見てください」パイロットも思わず呼びか…
  • 10
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 4
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 5
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 6
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 7
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 8
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 9
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 10
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story