コラム

「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム

2016年08月13日(土)06時47分

 政府軍によるデモ隊への銃撃や逮捕の様子を取材し、アルジャジーラやアラブ首長国連邦(UAE)の衛星放送アルアラビヤなど、シリアの反体制勢力を支持する湾岸世界のメディアに情報を送りはじめた。その後、インターネットのツイッターやフェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を通じても情報発信するようになった。

 内戦が始まって5年が過ぎ、シリアではアラビア語の衛星放送局として「オリエントTV」「ハラブ・ヨウム(今日のアレッポ)」、さらにアラビア語ニュースサイトとして「シャバカ・シャム(シリア・ネット)」「スマート・ニュース」「サダー・シャム(シリアのこだま)」など、数えきれないほどの反体制系のメディアが生まれている。それを支えているのが、市民ジャーナリストである。

 シリアの反体制地域が非常に危険になったために、欧米のメディアも現地に入りにくくなっている。それを補うために、シリア人の市民ジャーナリストが、欧米のメディアにも現地の情報を提供する。それはシリア人にとっての収入源であり、反体制系のメディア企業が成立する理由ともなっている。報道の質や技術も次第に向上している。

 欧米では既にシリアの市民ジャーナリズムを支援する動きが出ている。ジャーナリストの危険地取材などを支援する英国のロリーペック財団は、シリアの市民ジャーナリストのインターネット・セキュリティの向上のために支援プロジェクトを始め、欧州の平和運動組織の援助を受けて、シリア人でBBC(英国放送協会)のアラビア語放送の元女性記者が、シリア反体制地域で主に女性を集めて行うジャーナリスト講座を開いている例もある。

 ジャーナリストが現場に行かねば、政権側の発表や、主要な反体制組織の発表など、それぞれの「大本営発表」だけが流れる。アレッポの攻防戦にしても、シリアの反体制地域で市民の動きが映像とともに入ってくるのは、そこにジャーナリストがいるからだ。イラク戦争の後、治安の悪化で欧米のメディアがほとんど入ることができなくなったイラクでは、何が起きているかはほとんど分からなかった。シリア内戦の後、同じように危険な状況になりながら、シリアの場合には市民ジャーナリストによる情報発信があり、悲惨な状況が分かる。

【参考記事】ジャーナリストが仕事として成り立たない日本

 私はJournalism誌の記事の中で、「現代において戦争や紛争は常に欧米のジャーナリストやカメラマンが危険地域に入ることで戦争の実相を世界に伝えてきた。シリア内戦は歴史上初めて、紛争の真っただ中にある普通のシリア人が市民ジャーナリストとなって紛争の事態を現場から伝えている」と書いた。強権がはびこるアラブ世界、その中でもジャーナリズム不毛の地だったシリアで、内戦をきっかけに、世界の最先端ともいえるジャーナリズムの実験が始まっているのである。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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