コラム

イスラム国は「アラブの春」の続きである【アラブの春5周年(下)】

2016年02月17日(水)16時20分
イスラム国は「アラブの春」の続きである【アラブの春5周年(下)】

エジプトでは「アラブの春」後、穏健派イスラム組織「ムスリム同胞団」出身のムルシ大統領が誕生したが、就任から1年でクーデターが発生。中東民主化の期待は潰え、ムルシは2015年に死刑判決を受けた(赤い囚人服を着たムルシ、2015年6月撮影) Amr Abdallah Dalsh-REUTERS

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ムスリム同胞団の政治的な誤りは

「アラブの春」が混乱の中に沈んだことを考える時、一時はエジプト政治の主役となった穏健派イスラム組織のムスリム同胞団の責任は重いと言わざるを得ない。同胞団がつくった自由公正党はエジプト革命後に行われた議会選挙で第1党になり、その翌年の大統領選挙の決選投票でも同胞団幹部だったムルシ氏が軍出身候補を破って、大統領になった。

 同胞団の組織票は、いくつかの選挙の結果から、有権者が5000万人強のエジプトで800万票程度と私は推測している。同胞団は強固な団員組織と、貧困救済などの草の根的な社会運動の受益者の支持を得ていたが、長年、公安警察の取り締まりを受け弾圧されていたために、組織は閉鎖的で、組織的な支持が中心だった。

 ムルシ氏は2012年6月の大統領選挙の決選投票で1300万票を集め、100万票差で軍出身候補を破った。組織票を800万票とすれば、残りの500万票は本来の支持者ではないことになる。軍出身候補が当選することで軍政が復活することを恐れた若者たちやリベラル派の支持者が、ムルシ支持に回ったということである。

 ところが、ムルシ政権は最大の課題だった憲法草案起草で、第2政党のイスラム厳格派サラフィー主義のヌール党と協力して、イスラム色の強い憲法草案をつくった。最後にはリベラル派の委員たちが憲法起草委員会から抗議の離脱をする事態になった。政府系新聞の編集長の任命や政府高官や知事の任命でも、同胞団人脈で政治を切り盛りしようとした。

民主主義の形骸化に自覚がない政権

 同胞団の強さはその団結力と組織力だが、弱点はその強さの裏返しであり、同胞団の身内や支持者しか信用できないという閉鎖性だった。同胞団には80年代、90年代に医師組合、工学士組合、薬剤師組合などの有力な職能組合の活動を担い、同胞団の枠を超えて活動し、リベラル派の信頼を得ているリーダーもいたが、そうした人物はエジプト革命後に次々と同胞団を離れた。革命が起こった時に同胞団の指導部を押さえていたのは団長のバディウを始めとする組織防衛派で、ムルシ大統領もその一人だった。

 ムルシ政権で起草されたイスラム色の強い憲法案は2012年12月に国民投票にかけられたが、投票率は33%で、賛成は64%だった。賛成票は約1000万票。実数としては全有権者の2割しか新憲法に賛成の意思表示をしていないことになる。同胞団は最大限に組織の動員をかけたが、いかに国民の支持が限定的だったかが分かる。いくら民主主義的な手続きをとったとはいえ、憲法が国民の2割の支持しか得られないことは政権にとっては危機的だった。しかし、政権の正統性の源である民主主義が形骸化していることに政権は自覚がなかった。

 国民投票の結果を受けて、当時、私は朝日新聞のデジタルサイトで主宰していた「中東マガジン」で次のような分析を書いた。


多くのエジプト人の中には、ムルシ大統領の目標は、「同胞団国家」をつくることだという見方が強い。国民の利益を達成するのではなく、同胞団の利益を達成することが目標だという強い疑念である。指導部の号令一下で動く同胞団という組織が、それだけ閉鎖的ということも、一般のエジプト人の中の同胞団への不信感を生み出している。もし、ムルシ大統領が同胞団を大動員して力で民衆を抑えこむことができると錯覚すれば、次に打倒されるのは「同胞団支配」ということになるだろう。(2013年2月1日、中東マガジン)

 この時に書いた同胞団に対する「民衆の反乱」は半年後の2013年6月に現実のものとなった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。最新刊は『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。
ツイッターは @kawakami_yasu

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