コラム

イスラム国は「アラブの春」の続きである【アラブの春5周年(下)】

2016年02月17日(水)16時20分

強権体制のもとで生まれた閉鎖的な組織

「アラブの春」の後に選挙で政権をとったムスリム同胞団の組織の在り方や行動パターンには、半世紀以上続いた強権体制が深く影を落としていた。強権体制の弾圧の下で政府批判勢力として活動するには、秘密主義で閉鎖的な組織をつくらざるを得なかったという事情があった。

 2013年6月30日に若者たちによる大規模な反ムルシ・デモが起こり、それが軍のクーデターを招いた。若者たちの不満が噴出したことはムルシ政権の閉鎖的な政治手法や政権運営に責任がある。同胞団が克服しなければならなかったのは、強権体制時代に育まれた組織の閉鎖的体質であり、強権体制がとった国民動員の手法と同様な組織動員の手法だった。

 軍を率いたシーシ国防相(現大統領)はムルシ大統領に「48時間以内に国民の要求に応えなければ、秩序回復のために(軍が)介入する」と最後通告を突きつけた。その直後にムルシ大統領は、テレビで演説を行い、「我々にはサラフィーヤ(正統性)がある」と、正統性という言葉を何度も繰り返した。

【参考記事】軍の弾圧でムスリム同胞団は大ピンチ

 ムルシ大統領が強調したのは選挙で選ばれたという意味での正統性だが、軍の介入を阻止し、民主主義を危機から守るためには、辞任して再選挙に訴えて、政治を民意に委ねるという選択肢もあったはずだ。しかし同胞団は支持者を動員し、軍政反対デモを続けただけだった。最後は、軍と治安部隊によるデモ隊の武力制圧で、おびただしい血が流れた。

「アラブの春」を挫折させたミリタリズムの論理

 エジプト革命は「若者の反乱」として始まったが、革命後の民主化を担ったのは、若者たちではなく、穏健派イスラム政治組織のムスリム同胞団であり、それをつぶしたのは軍だった。若者たちも、同胞団も、国民の支持を得るという意味での民主主義を軽視し、自分たちの「動員力」「組織力」に頼ったが、「組織力」というならば軍には対抗できない。若者たちとイスラム政治組織の、それぞれの政治的な未熟さが、政治に対する軍の介入を許したということである。

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2011年2月、ムバラク大大統領の辞任を求めてカイロのタハリール広場に集まった若者たち=川上泰徳撮影

 隣国のリビアではカダフィ体制が倒れた後、イスラム勢力も加わって選挙が実施され、議会が創設されて、民主化プロセスが進んでいた。それを崩して国を分裂させたのは、「アラブの春」を担い内戦を戦った若者たちがつくる民兵組織だった。

 シリア内戦から生まれた「イスラム国(IS)」にアラブ世界の各地から若者たちが集まるのは、「アラブの春」の続きと考えるべきである。ISの特徴であるインターネットを使った情報発信はもちろん、イスラムを掲げて過激な行動主義を見せるのも、やはり「アラブの春」のつながりに見える。さらにISの特徴は、黒旗を揚げた武装車両の長い列を見せたり、黒覆面の戦士がナイフを持って整列する映像を誇示したりするような、過剰なミリタリズム(武断主義)の演出である。ISではイスラムを掲げる若者たちが武闘化し、「イスラム国」というよりも「イスラム"軍事"国家」になっている。

【参考記事】「イスラム国」を支える影の存在

 このように見ていくと、中東民主化の期待を抱かせた「アラブの春」を挫折させたのは、軍とミリタリズムの論理である。エジプトの軍であり、リビアの民兵であり、シリアの政権とISということになる。強権支配に対抗して政治を担った若者たちや穏健派イスラム勢力の政治的な未熟さのために、エジプトでは若者たちが軍の介入に喝采をあげ、リビアでは若者たち自身が民兵として軍の論理に走り、シリアでは若者たちがイスラム過激派のISに参画することになった。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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