コラム

ユン韓国大統領がついに罷免、勝利したのは誰なのか?

2025年04月04日(金)21時34分

8人の裁判官が5つの争点で一致

第2の隠れた、しかし極めて重要な注目点は、その決定において裁判官の意見がどれくらい割れるか、だった。

この点が重要だったのには理由がある。大統領制を取る韓国ではアメリカ同様、大法院(最高裁)や憲法裁判所で判事の政治的任命が行われている。今回の大統領弾劾に関わる憲法裁判所判事8人のうち、前大統領の文在寅(ムン・ジェイン)に指名された2人と共に民主党の推薦による1人は、明確な進歩派に分類される。対して尹に指名された1人と与党「国民の力」による推薦の1人が保守派に分類されている。残り3人が大法院長により任命された中道派である。

周知のように、現在の韓国世論は保守派と進歩派に二分される状態にある。だからこそ弾劾の決定においても、これらの裁判官が自らの背後にあるそれぞれの「国民」の意志を体現して、2つに割れる可能性は大きかった。裁判官は賛成や反対に当たって少数意見を述べることも可能であり、今回審議の対象となった5つの論点について、独自の解釈を示して、背後にいる「国民」にアピールすることも可能だった。

しかし、最終的な結果は8人の裁判官が戒厳令宣布や国会封鎖、政治家らの逮捕指示など5つの争点について全て一致し、尹の行為における重大な違法性・違憲性を認め、大統領を罷免した。つまり、大統領の弾劾をめぐって国民が大きく分裂する中、司法は自らのイデオロギー的分裂の回避に成功した。

とりわけ保守派の裁判官は、自らの指名・推進母体の意志に反する決定を行った訳で、その決定の重さは容易に想像できる。憲法裁判所は今回、全裁判官の意見の一致を重視した。だから野党が早期の罷免決定を強く求める中、過去2回の事例よりも多くの日時を使って慎重に審議した。

左右の両極に分断された今の韓国には、1つの定まった「国民の意志」は存在しない。にもかかわらず、異なる出自を持つ裁判官が一致して行動できたのは、彼らの法律家としての自負と、専門家として共有する法知識ゆえであったろう。だとすれば、勝利したのは「国民」ではなく、韓国における「法の支配」であり、「司法の独立」であったというべきなのだろう。

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プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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