コラム

「竜頭蛇尾」な戒厳令と、罪を免れたいユン大統領のジレンマ

2025年02月19日(水)11時23分

一連の彼の主張をまとめると、次のようになる。戒厳令宣布は国民に警戒感を促すためだけのもので、国会封鎖する真剣な意思は最初からなかった。野党が多数を占める国会が開かれれば、解除が決議されることはあらかじめ分かっており、それが現実になっただけだ──。つまり「負けるべくして負けた戒厳令」というわけである。

自らの弾劾をめぐる憲法裁判所の審判では雄弁に語る尹であるが、他方、同時並行して行われている自らの内乱罪に関わる刑事裁判では、取り調べも証言も拒否している。この事件の捜査に当たった高位公職者犯罪捜査庁(公捜庁)に内乱罪の捜査権がなく、それ故に捜査は最初から改めて行われるべき、という理由からだ。


こうして見ると、戒厳令宣布以降の尹の言動には明らかな特徴があることが分かる。それは、彼が法的な手続きへの疑義や証人らの証言内容の信憑性などについて反論する一方で、自らの行った戒厳令宣布やその際に披露した自らの正義や理想については、語ろうとしていない、ということだ。

激高する人々を白けさせる効果

垣間見えるのは、強硬な主張と、何とかして罪を免れて大統領職を維持したい思いの間のジレンマだ。当初の強硬な主張を表に出せば、それが内乱罪に当たるのは明らかであり、それ故に大統領の職を追われ、厳しい刑罰を受けることになる。他方、その罪を免れるために当初の理念を犠牲にすれば、支持者は彼の下を離れる。

とはいえ、このような「竜頭蛇尾」にも見える大統領の言動は、あるいはこの国に「不幸中の幸い」といっていい状況をもたらしているのかもしれない。

大統領の弾劾から逮捕、そして起訴へと至る過程で、韓国では尹の処分を求める人々とこれに反対する人々が激しく対立し、一部の保守派デモ隊が大統領の拘束を認めた裁判所を襲撃する事件も発生した。しかしこのような状況で、大統領自身が大きな「理念」を欠いた、矮小化された自己弁護に終始していることは、事態の中で左右双方の激高する人々を白けさせ、その言動を沈静化させる効果を持つ。混乱したこの国を救うのは、意外と「つまらない裁判」になるのかもしれない。

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プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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