コラム

イデオロギーで分断された韓国司法の真実

2021年06月30日(水)15時00分

一貫性の欠如と与党関係者の不支持を見れば、一連の判決が政権の意向を忖度した結果だとみるのは難しい。それでは、韓国では何が起こっているのだろうか。韓国の司法制度と今日までの歴史、さらにそれが実際に機能する今日の状況という3つの観点から見ていこう。

最初に理解しないといけないのは、韓国の司法制度の特色である。そもそも民主主義国家において、司法とは極めて特異な存在だ。議院内閣制にせよ大統領制にせよ、立法と行政においては、共に明確な民主主義的な枠組みが存在し、その構成員は選挙などの手続きによって選ばれる。

しかし司法を構成するのは、司法試験などをくぐり抜けたエリートたちであり、その選出において民主主義は必ずしも直接的に機能してはいない。司法のこのような特色は、言うまでもなくそれが「法治」の重要な部分を担い、立法や行政における「多数者の専制」を防ぐためのものだからだ。

アメリカに似た司法制度

しかしながら同時にこの制度は、エリートにより支配される司法が、エリート自身の利益のために暴走する危険性を有することをも意味している。だから民主主義体制においては、例えば日本における最高裁判所裁判官に対する国民審査や裁判員制度のように、一定の範囲にせよその機能に民意が反映されるシステムが何らかの形で設けられている。

そしてこのような、司法に民意を反映させるシステムは、国ごとにその在り方も程度も大きく異なっている。例えばアメリカでは、最高裁の裁判官は終身制により強力にその身分が保証される一方、退任間際の大統領が自らの党派の影響力を残すために、同じ党派の人物を次々と指名する、といったあからさまな政治的人事が建国直後から行われてきた。

他方、日本においては司法における民意の反映は限定的であり、憲法において権限が与えられた内閣による最高裁判所長官の指名や判事の任命においても、政治性を排除することが望ましいと考えられている。そして大統領制を取る韓国の司法制度は、同じく大統領制を取るアメリカと似た性格を多く有している。

最高裁に相当する大法院の院長は国会の同意を得て大統領が任命、その裁判官もまた大法院長の指名から国会の同意を得て、やはり大統領が任命する。他方、大法院と並び司法の頂点に属する憲法裁判所の裁判官は9人全てが大統領による任命であり、そのうち3人は国会、異なる3人は大法院長による指名を前提とする。

とはいえそのことは、韓国司法がすなわち「時の大統領や与党」に操られている、ということを意味しない。その理由の1つは、これらの最高司法機関の裁判官には6年という、大統領よりも長い任期が保証されている点にある。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

川崎重工、26年3月期の売上高予想を下方修正 米関

ワールド

アングル:政治介入で揺らぐ米統計の信頼、後任人事が

ビジネス

米家計債務、第2四半期は1%増 学生ローンで延滞増

ビジネス

対米投資巡るトランプ氏発言、官房長官「様々な事業で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 3
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 4
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 5
    こんなにも違った...「本物のスター・ウォーズ」をデ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 8
    【徹底解説】エプスタイン事件とは何なのか?...トラ…
  • 9
    永久欠番「51」ユニフォーム姿のファンたちが...「野…
  • 10
    かえって体調・メンタルが悪くなる人も...「休職の前…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 5
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 6
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 7
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 8
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 9
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 10
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story