コラム

イデオロギーで分断された韓国司法の真実

2021年06月30日(水)15時00分

そして、日本の一部メディアはこの状況を同じステレオタイプにのっとり、今度は文政権が日本への融和姿勢へと転換しつつあることの表れだ、ともっともらしく説明した。

つまり、この1月と3月の間に文政権の方針転換があり、それが裁判所の動きとして現れた、としたのである。だが、話はそこで終わらなかった。6月7日、同じ裁判所は朝鮮半島からの労働者動員に関わる問題について、日本企業への慰謝料請求を求めた原告の要求を、これらの請求権は1965年に日韓両国間で締結された請求権協定により無効であり、認められない、という判決を下した。

言うまでもなくこの判決は、2018年10月に出された韓国大法院(日本の最高裁判所に相当)が下した、朝鮮半島からの労働者動員に関わる判決に反するものだ。一地方裁判所が大法院の判決に真正面から挑戦するような判決を下したことに対し、原告は大きく反発した。そしてこの判決は、日本政府の主張に沿った意見が韓国の司法において顧みられるようになっている、という理解をわが国において強化した。

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しかし状況はそこからもう一度変化した。そのわずか2日後の6月9日、またもやソウル中央地裁が、1月に確定した元慰安婦問題に関わる裁判について、日本政府に韓国国内の財産開示を求める決定を下したからである。

ソウル中央地裁は、訴訟費用についてはその確保のために日本政府の資産を差し押さえることを「国際法に違反する恐れがある」として拒否する一方、慰謝料そのものの履行については、依然として日本政府の資産を差し押さえる方向で動く、という矛盾した姿勢を示すことになった。

このような韓国の司法の動きはもはや、従前の日本における韓国の司法に対するステレオタイプな認識では説明できない。韓国における日本への感情は19年7月、わが国が一部半導体産品に対していわゆる「輸出管理措置」を発動して以降、一貫して最悪水準にあるとされている。

故に、先に挙げたような判決の中に見られる、これまでとは一転したような日本政府の主張を一部認める流れが、韓国世論に迎合したものとみるのは不可能である。そしてそれは、韓国司法の動きを政権の意向と関連付ける認識についても言うことができる。

1月から3月、そして6月と、ソウル中央地裁の判決は大きく揺れ動いており、そこに一貫した方向性を見つけるのは困難である。加えて言えば、これらの二転三転するソウル中央地裁の判決や決定のうち、日本政府の主張に近い結論を下したものに対して、ハンギョレ新聞を筆頭とする政府・与党に近い進歩派のメディアは鋭い批判を行っており、与党関係者の多くも非難している。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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