コラム

プーチンをつけあがらせた「ロンドングラード」の罪

2022年03月18日(金)15時35分

トニー・ブレア首相(当時)の「ニューレーバー(新しい労働党)」は、ロシアマネーとなれ合いを築いた最初の政権だった。理由は理解し難いが、「金持ちから税金を取れ」式の社会主義から、富裕層への対応緩和へと方針転換しましたよ、とアピールする手段だったのかもしれない。

2008年に労働党は、起業家や資産家向けにティア1(第1階層)ビザを設定した。言い換えれば、金持ちはほとんど条件もなしにイギリスに来て生活できるようになったのだ。2010年からは保守党が政権を握ったが、ロシアマネーに関する政策に変化はなかった。多くの人々の目には、これは腐敗そのものに見えた。保守党にはロシア人大富豪たちからの大金が寄付金として流れ込んでいたからだ。

プーチンのような人間だったら、この事態をどう捉えるだろうかと指摘するコメンテーターもいた。答えは単純、イギリスの政界が「買収された」と考えるだろう、と。そんなわけでプーチンは、わがイギリスの国土にスパイを送って放射性物質や神経剤で殺人を図っても許される、と確信するに至ったのだろう(2006年のアレクサンドル・リトビネンコ殺害と2018年のスクリパリ親子の毒殺未遂事件だ)。

フルに恩恵を受け税金は払わず

イギリスは他の意味でも苦しんだ。ロンドンの不動産価格は、ロシアの大富豪が一等地物件を買いあさったせいで、馬鹿げたレベルにまで急騰した。値上げの波はロンドン全域とイギリス南東部に広がった。

ロシア人が高級物件を買い占めるせいで「普通の」富豪は下のランクの物件に手を伸ばさざるを得ず、今度は高収入エリートたちが、高級エリアにあるファミリー向けの家々から追い落とされた。彼らはかつては中流層が住んでいたようなエリアに移り、今度は中流層がこうした物件に手が出なくなり......と続いていった。ほぼ間違いなく、この現象の「底辺」にいるのが、ロンドンのごく普通のマンションが買えなくなった30代の高所得夫婦であるとは、馬鹿げた話だ。

何より僕が不快に思うのは(どんなにイラついているか説明してもしきれない)、社会の大原則がひっくり返ってしまったことだ。すなわち、累進課税のこと。大富豪は「非定住者」と呼ばれる抜け穴を使って、税金を払わずにイギリス生活のあらゆる恩恵を享受することができる。最も富める者が、最も税金を払っていないのだ。彼らはただ、毎年定められた日数を確実にイギリス国外で過ごせばいいだけだ。ホテルサイズの豪華ヨットを所有していたり、世界中に家を持っていたりするような富豪なら、簡単な話だろう。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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