コラム

米大統領選でつくづく味わう「うちの国はまだマシ」感

2020年11月10日(火)16時35分

3つ目に、英首相は米大統領のように、国民の直接選挙で選ばれるわけではない。過去4年を通して、トランプ大統領は自分がアメリカ国民に選ばれたのであり、アメリカ国民に対してのみ責任を負うのだと主張することができた。ある程度それも正当だが、その主張は物議を醸すさまざまな行動の言い訳として使われていた可能性もある。

英首相はまず自身の政党の中からリーダーとして選ばれ、次いで有権者がその党首と政党に賛同するかどうかを選挙で決定する。僕たち有権者は正確に言えば、首相ではなく国会議員を選挙で選ぶのだ。それはつまり、選挙が終わり次の選挙までの期間においても、首相は自分の党、特に議員たちに恩義を受けているということを意味する。それは首相の権力へのチェック機能を果たす。「鉄の女」サッチャー首相は、自党議員たちや国民の考え方からかけ離れ、次回選挙で自党の勝算を脅かすように見える政策に固執した時点で、党の仲間たちから捨てられた。

さらに、伝統的に英首相は、内閣において「同等の者の中のリーダー」という位置づけだ。首相は周囲の先輩議員たちからいさめられる。トニー・ブレア首相がイギリスで文句なしのリーダーだった時代にも、ゴードン・ブラウンは財務相として特に強い権力を持っていた。ボリス・ジョンソンは今や、内相や保健相などのご意見「なしには」いかなる決定も下していない。

トランプ大統領に抑制効果を及ぼせる人物がホワイトハウスにいるとは、とても思えない。ひょっとしたら家族の意見は聞き入れるのかもしれないが、トランプはこれまで自分に逆らうアドバイザーをことごとくクビにしてきた前歴がある。

アメリカの制度には「抑制と均衡」があるはずだが、トランプ政権は大統領職の権力と潜在的危険性を見せつけた。

異なる形の民主主義モデルはそれぞれの歴史的な理由で生まれ、それぞれに長所も短所も持つことが多い。僕たちイギリスの民主主義モデルは、2017~19年のブレグジット(イギリスのEU離脱)をめぐる見苦しくて苦痛な行き詰まりの間、その限界を露呈させた(大多数の議員がブレグジットを公約して選出されたのに、当選後にその遂行を拒絶したのだ)。

でもたった今は、僕はこのイギリスの制度の長所をつくづくかみしめている。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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