コラム

調査報道の英雄、ハロルド・エバンズにはもう会えない

2020年10月06日(火)17時35分

僕はリアルタイムでエバンズの仕事を見ていたわけではない。ジャーナリズムに興味を持ち始めた若かりし頃に、彼の偉大なスクープとキャンペーンの数々を振り返って知ることになった。そして僕が特に興味を引かれたのは彼の新聞記者としてのキャリアだったが、彼の人生におけるその章は1982年に経営者ルパート・マードックとの衝突で終わりを告げ、その後はニューヨークに移住していた。アメリカでの彼の第2の舞台は何と言っても出版者としての成功だったが、一時期の彼は「ミスター・ティナ・ブラウン」と呼ばれていた。彼の妻で同じくジャーナリストであるティナ・ブラウンがヴァニティ・フェア誌やニューヨーカー誌編集長として彼以上に華やかなキャリアを築いたからだ(僕が出席できなかったランチ会のセント・アンズ卒業生は、エバンズではなくてブラウンのほうだ)。

エバンズの追悼記事を読んでいて、1960年代初頭に彼が地方紙「ノーザン・エコー」編集長として率いた長期のキャンペーンを知り、驚いた。ウェールズ人のティモシー・エバンズ(同じエバンズ姓だが親戚ではない)が1950年に妻と幼い娘を殺害した容疑で無実にもかかわらず誤って逮捕され、冤罪により死刑になったことを証明してみせたのだ。この悪名高き誤審はイギリスでの死刑廃止の世論の高まりに大きく貢献した。死刑制度は1965年に廃止され、ティモシー・エバンズは1966年、正式に死後恩赦が認められた。

こんな重要なキャンペーンジャーナリズムが、人生の最盛期の唯一の業績ではなく、同じように巧みでタフで困難で重要な多くの偉業のうちのごく初期の1つであったことを考えると、驚嘆せずにはいられない。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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