コラム

蔓延するヘンな英語用法に異議あり!

2014年12月02日(火)17時10分

 年寄りはいつも、若者のマナー低下を嘆く投書を書いてばかりいる――とは、イギリスでよく聞かれる噂だ。真偽のほどはともかく、この手の投書が集まるのはたいていタイムズ紙だということになっているらしい。その内容は、たとえばこんな感じになる。

「先日、私はあるレストランを訪れた。すると出てきたウエーターはにきびだらけの19歳の若者で、客ではなく友達にでも話すような言葉遣いで話し掛けてきた。店内に入った私に、彼は『How's it going?』(調子はどう?)』と、声を掛けた。『サー(旦那様)』という敬称を付けもしない! 『調子とはなんだ!?』と私は答えて、店から飛び出した。私はもう二度と、ああいう新奇な「ピザ」レストランに行ってみようとは思わない。この国はいったいどうなってしまうのだろうか」

 この手の投書が笑えるのは、たいていの人は何とも感じないようなことで投書主が文句をつけているから。そして彼が救いようもないほど時代とずれていることをさらけ出しているからだ。

「調子はどう?」という言い方は「How are you?(ご機嫌いかがですか)」をもうちょっと気安くした挨拶で、カジュアルな場所なら問題ない。それに今どきのウエーターは客に対して「サー」などとは言わないだろう。

 だからこそ、若者の話し方にカチンときた自分に気付いたとき、僕はちょっとした危機感を感じた。

 まず、最近は「バディ(きみ)」と呼びあうことが流行っていて、僕もそう呼び掛けられることが増えだした。この単語は英語ではあるけれど、イギリスでは日常的に使われていなかった。むしろアメリカ英語的なものだが、最近はイギリスでも広く使われるようになった。

 イギリスの労働者階級は数世代前から、よそ者のことを「マイト(仲間)」と呼んできた。この言葉は仲間関係と対等な立場を示すもの。「バディ」は同じ意味のアメリカ英語版だ。イギリスに的確な言葉があるのに、なぜアメリカ語を使う必要があるのか、僕には理解できない。

■「サンキュー」さえ使われない

 次に、最近は「サンキュー」という言い方が避けられるようになっている。「サンクス」という単語の発音が難しいわけではないのだが、今日では別の言葉を聞く可能性が高い。

 しばらく前から「チアーズ(ありがとう)」という言い方がはやっていたが、今では「ナイス・ワン(いいね)」とか「スウィート(すてき)」という言い方に代わっている。大まかに言うと、こうした言葉は「私はあなたに感謝している」ではなく、「私はうれしい」という意味だ。ニュアンスは微妙だが、重要な違いがある。

 さらにひどいことに、それすらも口にしない人が多いことに気付いてしまった。代わりに感謝を示す言葉ではない「何か」を言って、状況をぼかすのだ。たとえば、「すみません、鍵を落としましたよ」と声を掛けられて、「しまった、うっかりしていた」と答えたりする。

 同じことが「ソーリー(すみません)」にもいえる。最近、パブで誰かが(間違えて)僕のビールのグラスから一口飲んでしまったことがあった。これはイギリスではたいへんな罪だ。だけど僕がそのことを指摘すると、その男性はこう反応した。「おや、これは君のビールだね」。明らかに謝罪が求められるこの場面で、この発言は明らかに謝罪ではない。

 たまたまこのときだけの出来事ならまだいい。でも最近、謝罪や感謝の言葉の代わりに単に問題の事実を復唱する場面に何度も出くわしている(「おや、あなたが先だったのですね?」といった具合だ)。

 こういうとき、僕の頭にはカッと血がのぼる。こうした問題を日本語のブログにつづって発散できるのは、まったくありがたい。そうでなければタイムズ紙に投稿するしかなく、僕より若い人々の嘲笑の的になっただろうから。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

香港民主派メディア創業者に有罪判決、国安法違反で

ワールド

米、ブラジル最高裁判事への制裁解除 前大統領の公判

ビジネス

中国粗鋼生産、11月は23年12月以来の低水準 利

ビジネス

吉利汽車、2.84億ドル投じ試験施設開設 安全意識
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story