コラム

今年は「スコットランド独立」の年になる?

2014年01月14日(火)18時52分

 大学で歴史を学んでいた頃、僕は時々、当時の人々は歴史を「どんな風に感じていたのか」知りたいと思った。自分たちがどんな時代に生きているのか、どの程度まで分かっていたのか。ある結果をもたらしたと歴史家が考える一連の出来事について、どの程度まで認識していたのか――。

 僕は今、2014年は戦後イギリス史の中で最も重要な年になるかもしれないと考えている。スコットランドでは9月に、イギリスから独立して新国家をつくるかどうかを問う住民投票が行われる。イギリスの人々は投票のことを知っているが、現時点ではわずかに認識しているくらいだ。その重要性をほとんど理解していない。

 イングランドではほとんどの人が、独立の是非はスコットランド人が決めるのだから、自分たちがあれこれ考えてもあまり意味がないと思っているようだ。スコットランド人がいなくるのは素晴らしいことだ、彼らは税金を納める以上に国家予算を使っているのだから、と人々が話しているのを聞いたことさえある(「こっちは経済支援をしているのに、彼らは私たちのことを好いてもいない!」と言っていた)。その一方で、スコットランドが分離したらイギリスの地位は低下すると心配している。

 僕はこの記事を書くために、独立問題について今までになく考えをめぐらせてみた。イギリス人の圧倒的多数は大幅な憲法改正や大規模な物流の変化がどんなものなのか、ほとんど気にしていない。イングランドとスコットランドは300年以上も一緒にやってきて、国として深く結び付いているのに。

 スコットランドはイギリスの国土の約3分の1という大きな部分を占めるが、人口はそれほど多くない(イギリス全体で6300万人なのに対し、スコットランドは500万人)。独立したらフランスやイタリア、イギリスといった欧州の大国ではなく、ノルウェーやエストニアのような「小国」になるのは明らかだ。

 独立国家スコットランドはいくつかの大きな問題に直面するだろう。例えば、誰が国のトップになるのか? エリザベス女王を国王のままにしておくのか? 通貨ポンドを使い続けることはできるのか? などなど。

 イギリス人の僕としては、イギリスの新しい旗がどうなるのかが気になる。ユニオンジャックはイングランドとスコットランド、アイルランドの旗を組み合わせたもの。独立したらスコットランドの部分を除くのだろうか?

 イギリス軍は長年、わずかな数の外国人しか入隊させずにきた。それもたいていは下級の兵士だ。でもスコットランド人兵士はあらゆる階級にかなりの数がいるし、スコットランド連隊もある。そうした状況にどう対処するのか。スコットランドにある原子力潜水艦の基地を移転するにはどれほどの費用がかかるのか。

 イギリス人がスコットランドに行くのにパスポートが必要になるのか? 僕は最近、スコットランドの銀行に口座を開設したが(金利がよかったからだ)、2つの国の銀行システムはずっと切り離されずにいくのか? スコットランドの銀行の預金もイギリスの預金保険制度によって保護されるのか? 僕のように「外国」の銀行口座を持っていると税金問題が発生するのか?

■97年のスコットランド議会誕生が節目

 こんな細々としたことを考えていると、もっと大きくて、ほとんど予測不可能な問題があることに気付かされる。50.1%対49.9%という結果もあり得る一度限りの投票で、国家をつくるのは妥当なのか? ということだ(しかも、投票率が低い上に接戦となったらどうなるのか)。

 独立したスコットランドは改めてEU(欧州連合)加盟を申請しなければならないのか。スコットランドがなくなればイギリスの国際的地位は低くなるのか(今でさえ、イギリスが国連安全保障理事会の常任理事国であるのはちょっとおかしいのだが)。

 スコットランドの独立はロンドンの権力バランスをどう変えるのか(スコットランドの有権者は長い間、イングランドの有権者より左派寄りだ)。スコットランドは友好的な隣国でいてくれるのか。独立という冒険がひどい失敗に終わるとしても、僕たちは支持すべきなのか。

 もちろん、スコットランドの人々はイギリスに残ることを選ぶ可能性が高い。それでも投票が接戦になった場合は、いま以上の権限委譲を求める動きが出るだろう。そして一世代も経てば、もう一度住民投票を求める声が出るかもしれない。

 97年にスコットランドは、イギリス議会の一部権限を受け継ぐ新議会を設けるかどうかの住民投票を行った。結局、イギリスにとどまったままエディンバラに独自の議会が誕生した。

 当時、イングランドの人々はこの動きにほとんど注意を払わなかった。連合王国を壊すことなくスコットランドの地方自治願望を満たすことが目的だと、イギリス政府が言っていたからだ。今にして思えば、それはスコットランドの国家主義者に足場を与え、多くのスコットランド人に独立の自信を与えた。

 2014年は、連合国家としてのイギリスに終わりが訪れる年になる可能性がある。ただし歴史家は、スコットランド独立に向けた動きに弾みがついたのは97年とみなすかもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カタール空爆でイスラエル非難相次ぐ、国連人権理事会

ビジネス

タイ中銀、金取引への課税検討 バーツ4年ぶり高値で

ワールド

「ガザは燃えている」、イスラエル軍が地上攻撃開始 

ビジネス

独ZEW景気期待指数、9月は予想外に上昇 「リスク
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story