コラム

オリンピックの巨額予算に僕が怒る訳

2013年09月26日(木)16時46分

 非常に大きな数字を把握するのが苦手なのは、僕だけではないと思う。7億ポンドの無駄使いよりも20億ポンドの無駄使いに対して怒りを感じるべきだというのは、理論上は分かる。でも実際は、僕にとってはどちらの数字も同じくらい理解しがたい。だから無駄になった例として耳にすれば、両方とも同じくらいに怒りを覚える。

 僕が日本にいた頃は、特によく分からなかった。1ドルは現在約100円、1ポンドは約160円と、円は通貨の基本単位としては非常に小さい。だから金額について当惑することはしょっちゅうあった。「30兆」円の予算について記事を書いても、その数字が何を意味するかまったく理解できない。

 東京で僕がしばらくコーヒーテーブルに置いていた本の一つが、村上龍の『あの金で何が買えたか』だった。そこには、一つの銀行を救済するために注入された公的資金でニューヨーク・ヤンキースを何回買収できたか、といったことが示されていた。大きな数字を理解するのが苦手な、僕みたいな人向けに書かれた本だったと思う。

 最近、2012年ロンドン・オリンピックの開催費用が最終的に約90億ポンドになったことが発表された。すごい金額に思えるが、実感しにくい数字でもある。多くの人がよく分からないまま、「たぶんその位はかかるものなんだ」と考えたに違いない。

 おかしな話だが、予算より5億2800万ポンド少ない費用で大会を実行できたとイギリス政府が主張したとき、すごいと感心した人たちもいたと思う。確かに節約した金額としては大きく思えるし、数字としてもわりと分かりやすい。僕たちの多くは、もし100万ポンド持っていたらどんな感じかとよく想像するからだ。100万ポンドの9000倍は想像できなくても、500倍なら想像しやすい。

 僕がその巨額な開催費用について腹立たしく思うのは、五輪開催が決まった2年後の07年には予算が3倍になったからだ。それでもまだオリンピックをやりたいか、と僕たちが聞かれることはなかった(まあ、最初からそんなことは聞かれなかったが)。僕はだまされた気がした。招致レース時の24億ポンドという予算で僕たちは納得させられたのに、それが33億ポンドになり、07年には93億ポンドと発表された。

 ただ正直言って、僕は今でも五輪に使われた大金でほかに何ができたか、という「機会費用」を思い描くことができない。それよりも、その数字が象徴する陰謀とまやかしに怒りを感じる。

■なぜ練習場はなくなってしまったのか?

 もちろんオリンピックには利点もある。組織委員会は、オリンピックの「遺産」についてしょっちゅう喧伝していた。確かに、ロンドン東部にはきれいな新しい公園ができた(巨大ショッピングセンターもできた。これはスポーツ関連の遺産には思えないが)。

 でも先日電車でオリンピック公園を通り過ぎたら、以前は何度も目にした練習場がなくなっていたのには驚いた。選手のために造られ、スタジアムでの試合や大会前に練習やウォーミングアップができた場所だ。隣にあるオリンピック・スタジアムよりはずっと小さかったが、正式な400メートル・トラックとそれなりの数の座席もあった。

 オリンピック後は地元の陸上クラブや学校が練習に使ったり、競技会の決勝戦が行われたりするのだろうと僕はなんとなく思っていた。オリンピック・スタジアムは重要な大会に使われると分かっていたが、練習場のほうは簡単に借りられると考えて嬉しかった。僕が学生の頃、正式なトラックで競技会ができるとすごくうれしかったのを覚えている。たいていの学校には、芝や石炭殻のトラックしかなかったからだ。

 なのに、昨年使われた練習場はなくなってしまった。数百人のオリンピック選手が数週間使うためだけに建てられ、壊されたのだ(公式用語を使えば、「再開発された」だろう)。練習場の建設費用など、予算全体の中ではほんのわずかにすぎない。でも、だからこそ無駄遣いのなんたるかがよく分かる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英GDP、第3四半期は予想下回る前期比+0.1% 

ビジネス

SBI新生銀、12月17日上場 時価総額1.29兆

ビジネス

アングル:ドル上昇の裏に円キャリーの思惑、ためらう

ビジネス

英バーバリー、7─9月期既存店売上高が2年ぶり増加
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編をディズニーが中止に、5000人超の「怒りの署名活動」に発展
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    ついに開館した「大エジプト博物館」の展示内容とは…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 10
    「麻薬密輸ボート」爆撃の瞬間を公開...米軍がカリブ…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story