コラム

僕たちもスポーツ強豪国になれる?

2013年07月23日(火)20時17分

 僕が何度か書いてきたように、イギリスはスポーツを発明するのは得意だが、実際にプレーするのはあまり得意でない。イギリス人は、いま世界で行われている多くのスポーツを考え出したり、ルールを制定したり、少なくとも世界に広める手助けをした。フットボール(サッカー)、ラグビー、クリケット、ポロ、アルペンスキーの滑降、ボクシング、卓球、ビリヤードなどなど......。

 しかしイギリス人がそれらのスポーツで輝かしい実績を残した姿を、僕はほとんど見ていない。サッカーのワールドカップでイングランドが優勝したのは僕が生まれる前の66年だし(しかも開催国という有利な条件があった)、ラグビーやクリケットでは、イギリスよりずっと人口が少ないオーストラリアのほうが強い。オリンピックで圧倒的優位に立つのはアメリカ。ヨーロッパ大陸の国々に比べても、イギリスは多くの競技で劣勢だ。

 それでも、最近は調子を上げているようだ。イギリスは昨年のロンドン・オリンピックで過去最多のメダルを獲得。金メダルでも、金銀銅の合計でもアメリカ、中国に次いで3番目となった。これは一度限りの偶然ではなく、08年の北京大会でもイギリスはかなりいい成績を残している。

 今月初旬には、男子テニス選手のアンディ・マレーが全英オープンのシングルスで優勝した。イギリス人による大会制覇は1936年以来のことだ。昨年のツール・ド・フランスでは、ブラッドリー・ウィギンスがイギリス人として初の総合優勝を飾った。そのとき準優勝だったクリス・フルームが、今年は初の総合優勝。イギリス勢の2連覇だ。こう延々と書いて読者を退屈させるのも悪いが、今年の夏はラグビーでオーストラリアを破ったし、陸上100メートルもいい記録が出ている(ジェームズ・ダサオルの今年のベスト記録は、ウサイン・ボルトの今年のベストよりいい)。

■「みんなのスポーツ」より、トップ選手の育成に本腰

 このように快調なのは、並はずれた才能の選手が何人か同時に現れたのも理由の一つだろう。でも、要因はほかにもある。過去15年ほど、国営宝くじの収益がスポーツ振興に投入されているのだ。イギリスのメダル獲得数が増えたのは、お金のかかる比較的「マイナー」なスポーツの成功が大いに貢献している(例えばヨットやボートなど)。そこでは設備の整っている国が、選手は素晴らしいのに設備がない貧しい国々を打ち負かす。

 それ以外のスポーツでは、優秀な選手の訓練体制を整えることに本腰を入れたことが大きい。イギリスでは70年代から、「みんなのスポーツ」をスローガンにスポーツ人口を増やすことに力が入れられてきた。でも今は、トップ選手を育成するには精鋭のコーチや、将来性のある子供のための養成所が必要だと理解されている。

それに一流選手が出てくれば、より多くの人がスポーツをするようになる。例えば5年前に比べて、サイクリングを楽しむイギリス人男性は間違いなく増えた。成功したスポーツ選手が、爵位によって称えられるようにもなった。08年北京オリンピックの自転車トラック競技で3つの金メダルを手にしたクリス・ホイは、翌年に英王室からナイトの称号を授与されている。

■多様な遺伝子プールが大きく貢献

 イギリスのスポーツ復興のもう一つの要因は移民だ。今のイギリスの遺伝子プールは、かつてより多様になっている。ソマリア生まれのモー・ファラーは並はずれた中・長距離ランナー。東アフリカ勢が圧倒的強さをみせる分野だが、ファラーは昨年のオリンピックで5000メートルと1万メートルの2冠に輝いた。自転車競技のフルームの例も興味深い。祖先はイギリス人だが、彼はケニアで生まれて10代の頃は南アフリカに住んでいた。前途有望なスポーツマンが22歳でイギリスに「連れ戻された」かっこうだ。

 今のイギリスは優れたスポーツ国家だ、と言うつもりはない。全英オープンで77年ぶりに優勝したからといって、自慢するような話でもない。そもそも資金力の違いから公平な競争になっていないのに、そこで多くのメダルを手にすることが「正々堂々とした戦い」なのか大いに疑問がある。それでもたいていのイギリス人と同じく、僕もイギリスのスポーツ復活をうれしく思っている。

 言ってしまえば、イギリスは相対的に人口の多い途上国として頑張っているか、それよりちょっと成績がいいくらいのレベル。ビクトリア朝時代に、競技としてのスポーツのルールを定めたり、世界に広めたりした素晴らしい功績に比べたらまだまだだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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