コラム

イギリス生まれのスポーツが意外に多い理由

2013年05月23日(木)13時31分

 昨年のロンドン・オリンピックの前、あるドイツ人骨董商と興味深い話をした。彼はスポーツ関係の記念品やグッズを専門的に扱っていて、オックスフォードシャー州に店を持っていた。どんな偶然から彼はイギリスの田舎に住むことになったのだろう、と僕は思ったが、本人が言うには、仕事にぴったりの場所だったからという理由らしい。

 世界で最も人気があるスポーツ、フットボール(サッカー)の誕生においてイギリスが重要な役割を果たしたことは僕も知っていた(1863年、ロンドンのパブで行われた会合でフットボールの統一ルールが作られた。今年で150周年だ)。「ワールドカップ」があるもう一つの球技ラグビーをイギリス人が考案したことも知っている。僕自身は関心はないが、野球より人気があるクリケット(世界有数の人口大国インドとパキスタンで人気が高いという点からだけでも間違いない)もイギリス人が考え出した。

 ところがドイツ人骨董商の説明では、イギリス人はほかにもいくつかのスポーツの誕生に関わったという。スヌーカー(ビリヤードの一種)やバドミントンは、英領インドの陸軍将校たちがプレーしていたのが起源。ゴルフはスコットランドで始まり、クロッケー(この競技を知っている人のために一応書いておく)はイングランドが発祥の地だ。

■多くのスポーツが広まった19世紀半ば

 信じられないことに、競技としてのスキーを考案したのもイギリス人だと彼は言っていた。スキーは何千年もの間、北欧諸国で移動手段として使われていたらしいが、それで山の斜面を滑走するアイデアを思い付いたのは裕福なイギリス人たちだった。アルペンスキーの誕生だ。

 こんなことを言うのはちょっと照れくさいが、彼の話を聞いて僕はなんとなく誇らしかった。イギリスが世界にどれだけのものを「与えたか」を考えて――。

 ただ厳密にいえば、イギリスがこれらのスポーツを発明したわけではない。多くの場合、イギリスが「作り出す」前から、似たような競技が世界各国に存在した。フットボールがいい例だ。

 ボクシングの場合、ラウンド制やグローブ着用を定めた「クインズベリー・ルール」が19世紀のイギリスで作られ、スポーツとしての地位を確立。公正な戦いとは何かを規定することで、単なる殴り合いが競技になった(ちなみににクインズベリー公爵は保証人となっただけで、実際にルールを作ったのはウェールズ出身のスポーツマン、ジョン・グラハム・チェンバース)。

 テニスは、屋外でプレーするのにふさわしい設備や道具をイギリス人が考え出したことで世に広まったが、その何世紀も前からフランスの修道士が行っていた。

 つまり、イギリス人は主にスポーツのルールの「編集者」だったわけだ。ちょっとした改革者、脚色者ともいえる。ルールが出来たおかげで競技が一般に普及し、チームや個人が公平な条件で戦えるようになった。

 こうした体系化が進んだのは19世紀半ば、イギリス人にスポーツをする時間的、経済的な余裕が出てきた頃だ。イギリスが世界の多くの地域を支配した時代でもあり、だからこそイギリス式の競技があれほど広まった。クリケットが盛んなのはイギリスが支配した国にほぼ限定されるが、そのほかのものは大英帝国を越えて広まり、国際競技になった。インド・マニプール州で行われていたポロのように、植民地の人々から教えてもらったスポーツを、イギリス人がルールを定めて世界に普及させた例もある。

■野球のルーツはアメリカじゃなくてイギリス

 数年前、野球の歴史はイングランドのサリー州に遡ることを示す文書が歴史家によって発見された。ウィリアム・ブレイという弁護士が1755年の日記で、野球について書いていたのだ。問題は、イギリス人が「考え出した人」と「普及させた人」の両方にはなれないということ。18世紀のイギリス人はベースやバット、ボールを使うスポーツをしていて、それをbaseball(野球)と呼んでいたかもしれない。でも野球のルールを作り、人気の娯楽に変え、ほかの国々(日本やキューバなど)に広めたのは間違いなくアメリカ人だ。

 野球を考え出したのは自分たちだとイギリス人が主張したいなら、サッカーやテニスそのほかすべてについて、考案者の立場をあきらめるべきだ。

 それなら野球のことは忘れたほうがいい。どっちみち、クリケットほど重要ではないのだから。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米株「恐怖指数」が10月以来の高水準、米利下げや中

ビジネス

中国大手銀5行、25年までに損失吸収資本2210億

ワールド

ソロモン諸島の地方選、中国批判の前州首相が再選

ワールド

韓国首相、医学部定員増計画の調整表明 混乱収拾目指
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story