コラム

テムズ川のウナギを絶滅させるな

2010年11月25日(木)16時31分

 僕は「パンダを救おうキャンペーン」の全盛期に育った。パンダについて心配するあまり、「そんなに珍しいものなら、どうしてロンドン動物園で2頭も飼っているの?」と母親に尋ねた記憶がある。動物園でもらって帰った世界自然保護基金(WWF)のワッペンにも、パンダのマークが付いていた(モデルは1972年に死亡するまでロンドン動物園の花形だったパンダのチチ)。
 
 だが成長するにつれて、僕はいくつかの疑問を感じるようになった。もちろん、見た目は抱きしめたくなるほど可愛いが、パンダが食べるのは基本的に笹の葉だけ。大量に消費しても、大したカロリーは摂取できない。

 交尾するケースはごく稀で、しかも交尾をしても妊娠する確率は低い。たまに赤ちゃんが産まれても、育たないケースも多い。

 もしもパンダが絶滅したら、僕は悲しみに打ちひしがれるだろう。それは嘘じゃない。でも、仮にダーウィンが環境に適応できない種についての本を書いていたら、表紙にパンダの写真を使ったんじゃないかとも思う。

 そんな風にパンダのことを考えているうちに、この記事の本題を思い出した。今年になって僕は、テムズ川に生息するウナギの数が過去5年間で約98%減少したという記事を危機感をもって読んだ。絶滅の危機から救うため、シラスウナギ(ヨーロッパウナギの稚魚)の輸出が欧州全域で禁じられているが、フランスは今月、不参加を表明した。

 日本でウナギの味を知って以来、僕はウナギが大好きだ。東京に住んでいた頃は、ウナギを使ったメニューがあれば、それが何であれ必ずオーダーした。寿司屋では「デザート」として最後にアナゴを注文。日本の食べ物で恋しいものは何かという話題になると、いつもウナギの話をする。

 僕が育ったイーストロンドンの名物料理と言えばウナギのゼリー寄せだ。実は今年になるまで食べたことがなかったが、それでもこれこそ自分が受け継ぐべき文化の一つだと思ってきた。

ウナギの煮込み料理
イーストロンドンで食べたウナギの煮込み料理。ロンドンで食べるウナギは最近では
テムズ川で取れたものではなくオランダや北アイルランド産が使われることが多い

 ウナギが好きな理由は他にもある。かつてテムズ川は水質汚染がひどく、生き物が生息できない川になっていた。浄化作戦が行われ、最初に復活したのがウナギ。彼らはたくましい開拓者であり、環境再生の先駆け的存在なのだ。

■ウナギがたどる神秘的な旅
 
 正直言って僕は自然にそれほど興味があるわけではなく、ヨーロッパウナギについて調べているだけだ。ヨーロッパウナギは大西洋のバミューダ諸島沖のサルガッソ海で産卵する。やがて孵化した幼生は、メキシコ湾流に乗ってはるか遠方のヨーロッパに到達。稚魚となって欧州各地の河川を遡上する。それから20年間ほど淡水で生活した後、最後に海水のサルガッソ海に戻り、産卵して生を終える。

 信じられないほど神秘的な旅だ。そしてこれまで、この旅はうまく機能していた。数十年前にはウナギは各地の川に大量に生息していて、生態系において非常に重要な役割を果たしていた。

 ところが最近は、様々な問題がウナギを苦しめている。寄生虫によって個体数が減少し、人為的な開発によって淡水の生息地が少なくなっている。
 
 地球温暖化の影響でメキシコ湾の海流の流れが変わったことも、ウナギの回遊能力に影響を与えているかもしれない。そして、この重大な局面に乱獲という大問題が起きている。

 ロンドンで初めてパンダを見たのとちょうど同じ頃、僕はロムフォード市場で桶の中にうごめく多数のウナギを見た。あまりの醜さにゲンナリした。水中をヘビのようにニョロニョロ動く真っ黒なウナギは、子供だった僕の目には邪悪な生き物に映った。

 でも今は違う。たくましくて素晴らしくて貴重なヨーロッパウナギが、人間の引き起こした問題のせいで絶滅の危機に瀕している。

 パンダのように可愛らしくはないかもしれないが、ウナギだってパンダと同じくらい絶滅の危機から救う価値のある存在だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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