コラム

「もんじゅ」から得た知見を整理し、その成果を後世に残す

2015年12月28日(月)15時20分

再稼動まで数千億円?

 しかし、夢を形にする金がない。ある電力会社の原子力関係の幹部に、「もんじゅ」の費用に聞いたところ「再稼動まで最低でも2000億円」と目算を述べた。

 原子力規制委員会は、今、各原子力施設に、新安全基準による適合性審査をしている。多くの炉では、1000~1500億円の改修費がかかっている。「もんじゅ」は、その審査の基準もつくられていないが、同程度の改修費がかかるだろう。そして規制委は、実験施設の「もんじゅ」に対しても、既存原子炉並みの基準を適用しようとしている。

 さらに20年間、ほとんど動かなかったプラントを再稼動させるのは、徹底的な検査、つくりをしなければ、かなり危うい。その改修費用も不明だ。「『もんじゅ』は40年前の技術と設備。最新の配管、保守設備に直さないと、安全性に不安がある」とその幹部は話した。

 「もんじゅ」は実験プラントで発電出力は28万キロワットでしかない。120万キロワットの原子炉が一般的な現在の原子炉から比べると小型で、新しい投資の回収は難しいだろう。民間企業も電力会社も、単独ではどこも支援に名乗りを上げない。
 
 それでは税金ではどうか。それは現実離れしている。今の原子力に関する厳しい世論を考えれば、この支出を認める議論が強まるとは思えない。原子力規制委員会の勧告は、こうした金の問題を、改めて考えるきっかけになったにすぎないのだ。

 そして高速増殖炉開発は、エネルギー政策だけではなく、科学技術政策の面を持つ。多様な科学技術の公的支援の要請に日本は向き合っている。iPS細胞、宇宙開発、高度医療など、世論の期待、メディアの関心、そして市場の広がりの大きそうな技術は日本に数多くある。現時点で高速増殖炉は発電と、核物質の変換にしか役立ちそうにない。それに貴重な税金を投じる優先順位を高く付ける人は少ないだろう。

「損切り」を視野に国民的議論を

 「もんじゅ」の名前は知恵を司る仏「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)」に由来する。中国東北部の、名の「満州」も「文殊」のサンスクリット語「マンジュシュリー」に由来する説がある。日本は日露戦争、満州事変の勝利で旧満州を事実上手に入れたが、それが中国、ソ連との衝突をもたらし、太平洋戦争の一因になった。そして敗戦でその満州を失い、資産と多くの尊い日本人の人命もそこで失う。国として「満州を利用して世界の強国になる」個人として「満州で一旗揚げる」という夢の代償は大きかった。

 「『もんじゅ』を続けるべきだ。成功すれば、日本のエネルギー事情は変わる」。「もんじゅ」についてさまざまな人に話を聞いたが、今でもこのような期待を持ったコメントをする人はいる。しかし、その主張は、自信に裏付けられた感じはしない。誰もがためらいながら主張をしている。資金の制約を誰もが十分理解しているのだ。

 類推だが、80年前、日本の知識人たちが満州を語る時も、多分、こうだったのではないかと想像した。夢が現実に合わなくなっても、その実現に向けて頑張る。その結果、より大きな破綻を招くこともある。誰もが疑問を持つ取り組みを固執すると、日本のエネルギー、原子力政策への、国民からの不信が強まってしまう可能性さえある。

 「もんじゅ」をあきらめる。そして今までの知見を整理し、研究施設に衣替えした上で、成果を後世に残す。こうした「損切り」も視野に入れた、できる限り多くの人の意見を集めた議論が必要だろう。

プロフィール

石井孝明

経済・環境ジャーナリスト。
1971年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌フィナンシャルジャパン副編集長を経て、フリーに。エネルギー、温暖化、環境問題の取材・執筆活動を行う。アゴラ研究所運営のエネルギー情報サイト「GEPR」“http://www.gepr.org/ja/”の編集を担当。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハマスが停戦違反と非難、ネタニヤフ首相 報復表明

ビジネス

ナイキ株5%高、アップルCEOが約300万ドル相当

ワールド

ゼレンスキー氏、和平案巡りトランプ氏との会談求める

ワールド

タイ・カンボジア両軍、停戦へ向け協議開始 27日に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足度100%の作品も、アジア作品が大躍進
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 6
    ゴキブリが大量発生、カニやロブスターが減少...観測…
  • 7
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    【投資信託】オルカンだけでいいの? 2025年の人気ラ…
  • 10
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story