コラム

バカ売れ『反日種族主義』の不可解な二枚舌

2020年02月18日(火)19時30分

Satoko Kogure-Newsweek Japan

<ベストセラー『反日種族主義』が批判しているのはあくまでも韓国国内の「進歩派」であり、「反日」政策──とされるもの──ではない。>

今回のダメ本

hannichisuzokusyugi.jpg
『ネットは社会を分断しない』
 李栄薫 編著
 文藝春秋


売れている。都内の地下鉄に大々的に掲げられていた車内広告によると、既に40万部を超えたという。ベストセラーになった理由は、ちまたで指摘されるような「日本人の嫌韓感情の高まり」も大きな要因だろうが、それだけではないだろう。

「韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権はとてもおかしな政権であり、わが日本に対してけしからんことばかり言っている。まともな韓国人が『反日』を批判しているそうだから、読んで留飲を下げよう」という政治的志向の読者層は既に取り込んでいるだろう。

数字を押し上げているのはおそらく、かつて私が本誌の特集「百田尚樹現象」でいくつかのデータから指摘したように、「売れているから買ってみよう」という層だ。さて。私がこの本で注目したいのは、誰がこの本を日本に持ち込んだ「仕掛け人」なのかという問題だ。

編者たちは、日本のネット右翼のように「日本の朝鮮支配で良かったことはたくさんあった」という類いの主張はしていない。同書の帯に小さな字で書かれているように、「日本支配は朝鮮に差別・抑圧・不平等をもたらした」ことは認めている。

彼らは、韓国初代大統領で強硬な反日本主義者として知られる李承晩(イ・スンマン)の一生を「再評価」し、「理念と業績」を知らしめる機関であるという李承晩学堂から、同書の韓国語版を企画・刊行している。

表紙で反日種族主義を「日韓危機の根源」とまでうたい上げながら、神戸大学の木村幹教授(朝鮮半島研究)が本誌ウェブ版で指摘したように、同書は反日政策を取った李政権を批判しない。

「慰安婦問題」にかなりの分量を割き、「反日種族主義の核心」とまで言いながら、慰安婦問題であれだけ日本と問題になった朴槿恵(パク・クネ)政権は批判しない。

要するに、編者たちが積極的に支持してきた韓国保守派はかなり甘く査定されている。この本が批判しているのはあくまでも韓国国内の「進歩派」であり、「反日」政策──とされるもの──ではない。その論理は「控えめにいってもダブルスタンダード」(木村)である。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、台湾への武器売却を承認 ハイマースなど過去最大

ビジネス

来年のIPO拡大へ、10億ドル以上の案件が堅調=米

ビジネス

英中銀、5対4の僅差で0.25%利下げ決定 今後の

ビジネス

ノバルティスとロシュ、トランプ政権の薬価引き下げに
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 7
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story