コラム

なぜ中国がTPPに加盟申請? 唐突ではない「アジア太平洋自由貿易圏」と「一帯一路FTA」構想

2021年09月22日(水)19時55分

APECの特徴は、拘束力がなく、同意に基づいて政府間で協力する枠組みであることだ。TPPやRCEP(東アジアの地域的な包括的経済連携協定)は、法的な拘束力のある条約であり、両者の性質は全然異なるものだ。

アメリカが提案する広域FTA

APECは政府間フォーラムだったのに、2006年の第14回APEC首脳会議では、突然、前述の「アジア太平洋自由貿易地域(FTAAP)」という構想が浮上した。

これは、もともと内部で提言があったのだが、顧みられなかった案が、アメリカの政策転換によって取り上げられたものである。ブッシュ大統領(子)が推進した。

理由は、通貨危機の時代だったためや、アジアでアメリカ抜きの貿易圏のさまざまなプロジェクト(のちのRCEP)が進んだことに危機感をもったため等と言われている。

しかし、実際に具体的に進んだのは、APECにおけるFTAAPではなくて、別件のTPPのほうだった。APECは参加数が多い上に、アメリカ、中国、ロシアが入っている。これだけでも、自由貿易圏など、簡単に実現する訳がないことがわかるだろう。

2009年に大統領に就任したオバマ氏が息を大きく吹き込んで、TPPは急激に成長した。オバマ政権の戦略は、西海岸の太平洋ではTPPを、東海岸の大西洋では欧州連合(EU)とともにTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定)を結ぶという、壮大なものだった。

そしてこの時代に、TPPは「対中包囲網」と言われる性質をもつようになった。

焦る中国が、APECを活用する方向へ

習主席は焦ったのだろうか、オバマ時代の2014年、第23回APEC北京会合では、APECが貢献するFTAAP実現に向けた「北京ロードマップ」の策定を、主要な課題とした。

それに先立つ2010年の首脳宣言「横浜ビジョン」では、将来的にFTAAPの実現を目指すことで一致したが、具体的な道筋については明らかではなかったのだ。

議長国となった中国は、北京で強力にFTAAPを具体化しようと努力した。首脳宣言に「FTAAP実現の目標時期を2025年」と明記し、作業部会の設置も盛り込むよう主張した。

しかし、日米などがTPP交渉への影響を懸念し強く反対したため、表現はFTAAPの「可能な限り早期」の実現を目指す、と書かれるにとどまった。

すっかり骨抜きにされてしまったようだが、それでも作業部会では、TPPやRCEPなど複数の経済連携を踏まえて、どのようなFTAAPへの道筋が望ましいかについて、研究を行うことになった。

ただ、研究と実際の交渉は別問題、というのが日米の立場だったという。研究はしても、実現するつもりは(限りなく当分の間)なかったと思われる。

習主席の狙いは、TPPに揺さぶりをかけて、牽制することだったかもしれない。アメリカに主導権を握られて、中国が孤立するのを恐れたのだろう。

そんなとき、トランプ大統領が登場して、TPPから離脱してしまったのだった。

好機を捉えようとする中国

そんな当時、中国の研究機関やFTA研究者による、最大公約数的な見解は、以下のようなものだったという。詳細に説明する。

◎TPPとRCEP(地域的な包括的経済連携協定)の関係について

アメリカの参加しないTPPは、21世紀の貿易ルールを代表しない。かつ、RCEPとTPPは、競合しつつも補完的なところもあるが、FTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)を実現するという方向性は共通している。

プロフィール

今井佐緒里

フランス・パリ在住。個人ページは「欧州とEU そしてこの世界のものがたり」異文明の出会い、平等と自由、グローバル化と日本の国際化がテーマ。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使インタビュー記事も担当(〜18年)。ヤフーオーサー・個人・エキスパート(2017〜2025年3月)。編著『ニッポンの評判 世界17カ国レポート』新潮社、欧州の章編著『世界で広がる脱原発』宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省庁の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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