コラム

サイバー攻撃手法の変化──企業のシステムに侵入できるアクセス権が販売されている

2023年06月26日(月)16時42分

アクセス権という商品を作ったIAB事業者は、広告を出して買い手を募集する。産業化が進んだおかげでサイバー犯罪者向けの広告を出稿できる仕組みもできている。広告の内容を分析することで市場の動きを推測することができる。2021年から2022年にかけて企業へのアクセス権を販売するIABの広告出稿が1.12倍(前掲CrowdStrike社レポート)から2倍(Group-IBレポートより)に伸びており、IABへの新規参入した業者も増加している。その一方でアクセス権の価格は大幅に下がっている。

ichida20230626b.jpg

結果として他のサイバー犯罪者たちは以前よりも安価により多くの企業への侵入を仕入れることができるようになった。品揃えが増え、価格が下がったなら、利用しない手はないので利用も増加している。

IAB成長の意味するもの

アクセス権が販売され、購入したサイバー犯罪者がそれを利用して企業に侵入するということは、「ひとつのサイバー犯罪組織から攻撃受ける」こととは別のリスクをはらんでいる。IABがアクセス権を商品化したということは、下記の可能性があることを意味している。

・過去にInfostealerに侵入されたことがあり、それを感知していなかった。知らない間に起きた情報漏洩の規模がわかっていない。現時点で把握できたサイバー攻撃以外にも検知できなかったものが多数ある可能性がある。たとえば中国由来のDaxinと呼ばれるバックドアを作るマルウェアは侵入後10年以上発見されなかった。DaxinはIABが利用しているものではないが、これまでは国家支援のハッカーなどが行ってきたことがマーケットで安価にされるようになって脅威度があがっている。

・IABはアクセス権を複数の相手に販売することもあるので、複数のサイバー犯罪組織がアクセス権を持っている可能性があり、前項と同じく把握していない被害がある可能性と、今後も引き続き、他のサイバー攻撃が続く可能性があることを意味している。

従来に比べてひとつのサイバー犯罪が見つかった時に、「見えていない被害」と「近い将来起こる被害」がいくつも存在している可能性が増加した。調査、確認、対処には従来以上に手間と時間がかかる。

さらにやっかいなのはサイバー犯罪グループの背後には国家の関与が少なからずあることだ。前回の記事に書いたように中国は脆弱性情報を多く保有しており、その一部がサイバー犯罪者に流れる可能性はないわけではないし、そもそも中国当局はサイバー犯罪者であっても有能な人材は活用している。ロシア当局はサイバー犯罪者に必要に応じて協力を要請する。サイバー犯罪と国家支援のサイバー攻撃の境界は曖昧だ。

とはいえ現在市場で広告を出稿するなど活発に動いているIAB業者と中国の関係は確認されておらず、むしろ中国国内から漏洩した情報の販売の増加など中国当局の意向に反する方向に市場は動いているようだ。

「見えていない被害」と「近い将来起こる被害」は、従来の国家関与のグループに加えてIABの拡大によるもののふたつが独立した形で絡み合って広がっていることになる。
日本はサイバー空間における脅威インテリジェンスに課題を抱えているが、その必要性は急速に増加している。


プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ沖で2隻目の石油タンカー拿捕、米が全面封

ワールド

トランプ氏関連資料、司法省サイトから削除か エプス

ワールド

北朝鮮、日本の核兵器への野心「徹底抑止」すべき=K

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story