コラム

防衛省認知戦の大きな課題──国内向け認知戦、サイバー空間での現実との乖離

2022年12月26日(月)19時09分

防衛3文書には防衛省が認知戦を行うことが書かれている......(写真はイメージ) Bill Chizek-iStock

<新しい防衛3文書には防衛省が認知戦を行うことがはっきりと書かれている。防衛省が世論操作を行うことの是非は、ここでは行わない。気になるのは効果的に実施、運用できる体制の有無である......>

新しい防衛3文書が公開されたことで国内外に波紋を呼んでいる。話題の中心は日本が敵基地攻撃、反撃能力、能動的サイバー防御を持つことについてが多いようだが、今回はそこではなく認知戦、デジタル影響工作について考えてみたい。

防衛3文書の公開に先だって防衛省がSNSとAIを利用して国民に対して世論操作を仕掛けるという記事が共同通信から配信され、話題となっていた。防衛3文書には防衛省が認知戦を行うことがはっきりと書かれており、このふたつの動きは連動しているものと考えてよいだろう。

委託先のEYストラテジー・アンド・コンサルティングはアーンスト・アンド・ヤングのネットワークの一員で、日本の官公庁からさまざまな事業を受託している。防衛省からは2019年度と2020年度に調査などを委託されている。実は2018年まではデロイトトーマツコンサルティング合同会社が防衛省からさまざまな業務を請け負っていたが、キイパーソンが同社からEYストラテジー・アンド・コンサルティングに移籍したため発注先が変わったという指摘がある。この問題は訴訟にまで発展したのでご存じの方もいるだろう。なお、今年度の認知戦に関する事業の落札金額は620万円だった。「動向調査」とあるので初期の調査段階なのだろう。動向調査が必要ということは防衛省にはまだ現時点で知見を持った人材がいないことを示唆している気がする。

反面教師としてのアメリカ軍の失敗

共同通信の記事を見た時、筆者の頭に浮かんだのはアメリカ中央軍の認知戦における大失敗だ。アメリカでは2019年に軍が認知戦を行うことが可能になった。色めきたった軍は作戦をイスラエルの民間企業Mind Farce社に委託した。認知戦、ネットを介した世論操作を代行する企業は近年急速に増加している。有名なのはイスラエルのアルキメデスグループで、それ以外にも世界各国にさまざまなネット世論操作企業が存在し、増加している。

この作戦の失敗の内容と分析をGraphica社とSIO(スタンフォード大学Internet Observatory)が共同で行い、レポート公開している。アメリカ軍はパレスチナ、アンゴラ、ナイジェリアでデジタル影響工作を実施したが、あまり時をおかずにMeta社とツイッター社に発見され、国防総省に連絡がいった。

その時、「わが社が発見できるということは、敵も気づくということです」とMetaは伝えており、中露に気づかれていた可能性がある(くわしくは以前の記事を参照)。

アメリカ軍は偽ニュースサイトを準備し、米国関連のニュースを投稿したり、中央アジアの米国大使 館など米国の公式ソースの翻訳コンテンツを使用したりしていた。また、アメリカ中央軍との関係を主張するケースも複数あった。結局、あまり成功せず、フォロワーの数も少なく、エンゲージメントも限定的だった。

民間企業に外注するのも簡単ではないことをこの事件は教えてくれる。Metaが定期的に公開しているレポートには毎回こうした事例が報告されており、関与した国家の名称と企業名も明かされる。日本の防衛省にはアメリカ中央軍よりも知見と経験を持つスタッフがいるのだろうか?

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。ツイッター

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