コラム

防衛省認知戦の大きな課題──国内向け認知戦、サイバー空間での現実との乖離

2022年12月26日(月)19時09分

国内向け世論操作の実態と乖離した計画

防衛省が世論操作を行うことの是非は、さまざまな形で議論されているのでここでは行わない。気になるのは効果的に実施、運用できる体制の有無である。結論から言うと、そのような体制は現在ないし、今後も作ることは難しい。したがってこうした作戦を効果的に運用できる可能性は低い。

その理由は簡単で、国内向けの世論操作を効果的に行うにはデジタル影響工作を含む統合的なシステムを構築した方がよいからだ。デジタル影響工作を行っている中国やロシアなどを始めとする各国では、図の3つ要素によって効果的に国民を管理・誘導している。デジタル影響工作は言動の誘導であり、その効果をリアルタイムで測定し問題があれば特定・排除する仕組み、および飴と鞭=賞罰で従わせる仕組みと組み合わせて利用されている。認知戦はステルスマーケティングを含むが、より効果をあげるにはより広い統合的な仕組みが必要なのだ。他国に対して行う場合も同様だ。

デジタル影響工作だけを見て、その方法論を真似ても同じ効果が出るとは限らない。公開されている防衛省の計画の中にこうした仕組みは含まれていない。多くの権威主義国も同様のことをやりたがっており、中露はこのシステムを海外に販売している。

ichida20221226b.jpg

この仕組みは民主主義的価値感と相容れないため、アメリカなどの各国は導入することが難しい。とはいえ近年のファーウェイやTikTokの排除に向かうアメリカの姿勢は中露の唱えるサイバー主権に近く、民主主義的な価値感から遠ざかりつつある。民主主義を標榜する各国が中露と同じ社会システムを導入する可能性も低くはないと考えることもできる。

防衛3文書からわかる現実から乖離した認知戦の想定

今後、日本が認知戦への対処を行うことを記した防衛3文書もこうした統合的な仕組みについて触れていない。まだ「動向調査」すら行っていない状態なので仕方がないとも言えるが、その段階で文書に記載してよいのか気になる。また、非国家アクターについての言及がないことも近年のサイバー空間での戦闘の実態を反映しないものとなっている。文書全体としてはまとまっているものの、全体的にグローバルノース主流派の視点で語られており、中露を始めとする権威主義国の行動をとらえきれていない問題がありそうだ。「見えていない」ことが多いのだ。

非国家アクターは文字通り、国家機関ではない主体を指し、民間企業、犯罪集団、テロ集団。NPOなどさまざまなものが含まれる。これらの多くはその活動を制限する国際法上の規定がなく、また特定の国のグループとわかってもその国の責任を追及することが難しいことも多い。

ロシアではサイバー犯罪集団であるランサムウェアグループが世界各国でサイバー攻撃を行っており、アメリカでは白人至上主義過激派グループがロシアで軍事訓練を行い、異なるグループがウクライナとロシアの両方から戦闘に参加している。日本ではアメリカの白人至上主義過激派グループの危険性が知られていないが、過去の記事で紹介したようにアメリカ国内では安全保障上の優先課題となっており、国内の犠牲者の数はイスラム過激派の3倍にのぼる。彼らが海外で戦闘行為をしてもアメリカ政府が責められることはほとんどない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 6

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story