コラム

日本が完全に出遅れた第三次プラットフォーム戦争

2021年05月07日(金)16時50分

2020年6月に公開された国連事務総長報告「デジタル協力のためのロードマップ」では、「戦略的かつ権限を持つハイレベルのマルチステークホルダー機関」の設立が盛り込まれていた。これは巨大プラットフォーム企業が国家と並んで座り、影響力を行使できる立場になる可能性を示唆しており、この点を問題視したJust Net Coalitionは170の市民団体とともに、巨大プラットフォーム企業が公式な立場と権限を得ることについての懸念を表した国連事務総長宛ての公開書簡を出した。Just Net Coalitionはインドを始めとするグローバル・サウスの国々からの参加の多い組織である。

インドを始めとするグローバル・サウスの国々およびEUなどは、「自由で開かれたインターネット」対「サイバー主権+統制されたインターネット」という枠組みではなく、アメリカと中国およびその企業群によるプラットフォームとデータとインテリジェンス(AI)の独占を阻止しようとしている。

EUはアメリカと並んで自由主義圏に属しているが、だからといってアメリカ主導の「自由で開かれたインターネット」にそのまま従ったのでは自国の権益や安全保障はままならなくなる。自国の立場と基盤を確立する必要から二極化から離れた動きをしている。

おもしろいことに、この戦いにおいて中国以外のほとんどの国は自身を民主主義国家あるいは自由主義国家としている。これは以前の記事「世界でもっとも多い統治形態は民主主義の理念を掲げる独裁国家だった」に書いたように、世界には民主主義の理念を掲げる国は多いが、実装において論理的、科学的に民主主義を実現する仕組みを取り入れていないことが多い。そのため理念は民主主義、実態は権威主義国ということが可能なのだ。

同じように巨大プラットフォーム企業も民主主義的価値観や自由主義的価値観を標榜し、インドのIT for Changeもデータの民主化を訴えている。前掲記事で「よく言えば柔軟、悪く言えば行き当たりばったりの論理性のない世界で民主主義は「大義」として生き延びてきた。中国とアメリカという対立図式が続く間は、繰り返し「民主主義の危機」を政治の文脈の中で都合よく使ってゆくことになるのだろう」と書いたことをそのままなぞるような展開となっている。
これが第三次プラットフォーム戦争にいたる経緯である。

第三次プラットフォーム戦争で重要になる全体像の把握

EU、インド、日本を比較してみると、EUとインドがそれぞれの統治や陣営とは異なる選択で独自の存在感を出しているのに対して、日本は基本的にアメリカおとおよび巨大プラットフォーム企業にべったりである。これは著しく選択肢を狭めるとともに、日本発のプラットフォームが生まれない可能性を高めてしまう。

ichida0507e.jpg

現在は国家のあらゆる要素を戦争手段にした超限戦と呼ばれる戦争が進行しており、そこにあっては国家も非国家主体も戦争当事者になり得る。巨大プラットフォーム企業が国連の組織で正式な権限を持つようになろうとしたり、複数の国家に統制されたインターネットを提供しているのがよい例だ。

巨大プラットフォーム企業がEUやグローバル・サウスに法制度や人権擁護などで攻撃され、活動を制限されたり、競争力を削がれようとしていることは、日本企業にとっても他人事ではない。世界市場を相手にするような企業なら、この争いに巻き込まれることは必至であり、独自の立場を確保できなければ企業活動を制限されることになるか、アメリカ企業の傘下に入る事になりかねない。日本の一部で盛り上がっているMaaSもプラットフォーム戦争のことは全く意識されていないようなので注意が必要だ。

同じように日本という国そのものもプラットフォームをアメリカの巨大プラットフォーム企業に席巻されるのを黙って見ていると国ごと飲み込まれてしまう。EUやインドのように立場を明確にして、対抗手段を講じる必要がある。ただし、そのためには前提として今後の社会のグランド・デザインが必要だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米政府、大規模な人員削減開始 政府機関閉鎖10日目

ワールド

米、11月から中国に100%の追加関税 トランプ氏

ワールド

アングル:中国自動運転企業が欧州へ進出加速 競争激

ビジネス

再送米ミシガン大消費者信頼感、10月速報値ほぼ横ば
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル賞の部門はどれ?
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 5
    あなたは何型に当てはまる?「5つの睡眠タイプ」で記…
  • 6
    史上最大級の航空ミステリー、太平洋上で消息を絶っ…
  • 7
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 8
    森でクマに襲われた60歳男性が死亡...現場映像に戦慄…
  • 9
    いよいよ現実のものになった、AIが人間の雇用を奪う…
  • 10
    【クイズ】ノーベル賞を「最年少で」受賞したのは誰?
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 7
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 8
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 9
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 10
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story