コラム

ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る

2020年10月07日(水)17時30分

ネット世論操作が社会を分断する

怒りを拡散しやすく、逆検閲を行いやすいSNSをネット世論操作に利用すれば、分断が起こる。敵対勢力への怒りが拡散し、その投稿の量が増えて逆検閲となり、手軽でなじみのある情報ばかりを見るようになる。その結果、同じ国あるいは地域に澄んでいてもふだん接している情報やコミュニケーションを取っている相手が異なるため、見えている世界が全く異なってくる。見えている世界が違えば、意思の疎通が困難になるのは当然の帰結だ。アメリカではネット世論操作が行われるようになった時期から、はっきりと分断が広がっている。

アメリカでは有権者の政治的意見が、人種、宗教、教育、性別、年齢よりも支持政党によって分かれることが調査(2017年10月5日)の結果、判明した。対象となった政治的意見は10あり、人種、移民、低所得者、同性愛や政府に関するものだった。グラフで他の線とかけ離れている線が政党の違いである。2004年から2017年の間に大きくギャップが広がった。

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これをアメリカ2大政党の共和党支持者と民主党支持者のグラフにすると次の図になる。2004年から2017年に大きな分断が発生したことがよくわかる。青が民主党、赤が共和党である。

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この時期はSNSはアメリカに普及した時期であり、オバマが選挙戦でSNSを積極的に利用した時期、そしてそれをさらにトランプが拡大した時期に当たる。

MITメディアラボのLaboratory for Social MachinesのThe Electomeは2016年のアメリカ大統領選についてツイッターの全ツイートを解析した結果をメディアに提供している。そのひとつVICEの記事(2016年12月8日)には、トランプ支持者とクリントン支持者で分断が起きており、相互の接点が少ないことが示されている。また、多くのメディアがトランプの当選を予測できなかったのは、メディアも分断の影響を受けてトランプ支持者たちがほとんど見えていなかったためだと指摘している。トランプ支持者たちのグループはクリントン支持者とも主流派メディアともほとんど接点を持っていなかった。

ツイッターでフォローすることがトランプへの信頼を意味し、そこから閉じた情報空間に入り込むことになり、エコーチェンバー現象(自分に都合のよい意見や情報ばかりが集まる空間にいると、自分の意見が正しいものとして強化されていくことを現象)が発生する。そしてツイッターのアルゴリズムもおすすめユーザとしてトランプ支持者を表示するようになる。

前掲のニューヨーク大学の研究でも、同様に保守とリベラルで大きく分断されていた。ノードはアカウントを表し、図の赤が保守、青がリベラルでその度合いが強いほど濃い色になる。線はリツイートを表す。保守とリベラルが分断されていることがよくわかる。

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それぞれが異なる情報に満ちたコミュニティにいる以上、相互理解は難しく対話や議論は望むべくもない。同じ国、同じ地域にいたとしても、全く違う世界を見ているのである。

前掲のギャラップとナイト財団のレポートも共和党と民主党の支持者のメディアに対する認識のギャップが広がっていることが指摘しており、年齢など他の属性よりも支持政党による違いが大きい結果となっていた。
政治的意見やメディアに対する認識が支持政党によって異なってきているのは、心情やアイデンティティによるためと考えられる。そのことはニュースに偏見があると回答しながらも、自分の見ているニュース(29%)よりも他人が見ているニュース(69%)を心配する者がはるかに多いことからもわかる。自分と異なる意見の者は偏ったニュースを見ている(自分の見ているニュースは偏っていないという確信がある)、と考えていると解釈できる。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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