コラム

ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る

2020年10月07日(水)17時30分

日本では同種の調査が見当たらなかったが、ちょうど「JNN世論調査、菅内閣の支持率70.7%」(TBSニュース、2020年10月5日)がツイッターのトレンドとなっていたので、これをオープンソースのSNS解析ツールHOAXYにかけてみた。HOAXYはツイッターの情報を元にコミュニケーションの状況を分析、図示してくれるツールだ。あらかじめ登録されてあるトピックスの場合は、すでに蓄積されている大量の情報を元に分析できるが、そうでない場合は直近1週間に限定される。ツールを使用したのは5日なので過去のデータのこぼしはないはずである。日本語対応はしているが、ボット判定機能(Botometer)では言語解析ができないためボット判定機能はあまり使えない。それが次の図である。

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この図を見る限りでは、かなりはっきりと政権支持と批判に別れた。ただし、あくまでひとつのトピックスだけを取り上げただけであるので、これだけでなにかを言うことはできない。あくまで参考としてご覧いただきたい。今後の大規模な調査研究を期待したい。

監視とネット世論操作でデジタル権威主義の政権基盤ができる

民主主義を標榜するアメリカと日本が進めている監視とネット世論操作は、デジタル権威主義国である中国やロシアが行っているものと程度の差こそあり、大きく異なるものではなかった。ご紹介した顔認証システムや予測捜査ツールそしてネット世論操作はきわめて強力な武器であり、使わなければその分諸外国に遅れを取り、弱みを晒すことにつながる。民主主義的価値観に従うと、こうした活動は行いにくく、それが国家としての脆弱性につながる。すでに多くの国がデジタル権威主義的監視とネット世論操作を行っている以上、アメリカと日本の政府はやらざるを得ないという判断をしているのだろう。

政権がやるという決断をすれば、ネット世論操作を行えば国民の支持を得て、批判勢力は顔認証システムで特定し、予測捜査ツールで犯罪者にすることが可能だ。批判する者や団体は、予測捜査ツールでテロリストあるいは犯罪者予備軍にして、監視対象にできる。

『民主主義の死に方―二極化する政治が招く独裁への道―』(新潮社、スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジラット)でも、SNSが民主主義の崩壊に大きな役割を果たしていることが指摘されている。過去にアメリカの民主主義を守っていたのは、対立する政党であっても敵ではなく対決ではなく相互寛容する姿勢と、政治家や公務員が特権を慎重に行使し法律を恣意的に利用しない自制心だったという。それが現在は失われた。

現代においては武装蜂起によるクーデターよりも、民主主義的プロセス(選挙)によって、非民主主義的指導者が選ばれ、非民主主義的体制へと移行してゆくことの方がはるかに多い。その際には政権基盤を盤石にするために次のことをする。

 ・不正を調査・処罰する権限をもつさまざまな機関(司法制度、法執行機関、諜報機関、税務機関、規制当局など)を抱き込む。司法や関係機関の人事への介入は代表的な方法。
 ・メディアの選別を行い、批判者を逮捕あるいは訴訟する。
 ・野党や政府を批判する実業家を攻撃する。
 ・文化人への抑圧。

アメリカや日本はデジタル権威主義への移行の過渡期なのかもしれない。後になればはっきりわかるようになるのだろうが、移行中はささいな変化と思って見過ごしてしまうような変化が次々と起こり、気が付くと大きく体制が変わっていることになる。民主主義的価値観を守るには、この流れを止める必要がある。SNS利用に関する法律や規制あるいはリテラシー教育など方法はいくつか提案されているが、SNSが普及した時代に適応したものではない。新しい社会に適応した新しい民主主義の姿を提示できない限り、デジタル権威主義化の流れは止められない。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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