コラム

我々の弱点を前提として、民主主義を「改善」することはできないだろうか

2019年03月11日(月)17時50分

Hollydc-iStoxk

<近年の行動経済学や認知心理学の発展は、人間の思考が偏っていて扇動に引きずられてしまいがちであることを明らかにしたが、そろそろ民主主義のあり方を真面目に議論すべき時期に来ているのではないだろうか>

イギリスの元首相ウィンストン・チャーチルは、民主主義に関して有名なコメントを2つ残した。よく知られているのは1947年に議会で演説した際の、「民主主義は最悪の政体と言える。これまでに試された他の全ての政体を除けば」というものだが、あまり知られていないもう一つは、「民主主義への最強の反駁は、平均的な有権者と5分間会話すること」だった。

チャーチルも喝破したように、民主主義が最善と考える人はあまりいない。ファシズムや独裁よりはマシ、という程度の消極的支持が大半であろう。そして、「平均的な有権者」である我々の(意志決定)能力は甚だ低い、というのが以前のコラムの結論であり、チャーチルの結論でもあった。

多くの有権者は政治的な知識を持たず、関心も無く、非合理的な意志決定をしがち...と、実のところ大昔からささやかれてはきたのだが、それが最近ではデータで実証できるようになってきた。そして、もしこれが正しければ、民主主義による意志決定が倫理的に正当化できるとは言えないのではないか、というのが前回の「能力原則」の話である。

有権者が政治に無知や無関心なのは、民主主義の仕様

では、有権者が愚かで不勉強なのが問題なのだろうか。政治にせよ経済にせよ、相当な手間暇をかけて学ばなければ理解出来ないのに、自分の一票が物事を変える可能性は限りなく低い。ゆえに、有権者が賢く合理的なので、そもそも勉強するわけがないという皮肉な結論が導かれてしまう(合理的無知)。有権者が政治に無知や無関心なのは、民主主義のバグではなく仕様なのだ。

加えて、近年の行動経済学や認知心理学の発展は、人間の思考が従来考えられていたよりもはるかに偏っていて、偏見や思い込み、あるいは扇動に引きずられてしまいがちであることを明らかにした。こうした「システマチック・バイアス」が存在すると、コンドルセの陪審定理やホン=ペイジの「多様性が能力に勝る」定理 といった、民主主義の基盤である多数決の信頼性を保証する定理の前提が崩れてしまう。

これらは簡単に言えば、メンバーに知識や能力が無くとも、ある条件が満たされれば、多数決で正解が選ばれる可能性が十分高くなる、ということを示唆する理論で、ようは「みんなの意見は大体正しい」というのが多数決への信頼であり民主主義への信頼の源だったわけだが、そこが怪しくなってくるのである。

さらに、実際の政治がどの程度うまく機能しているかに関しても、最近では様々な実証研究がある。例えば日本の選挙では投票率の低さが嘆かれ、政治参加の必要性が説かれるが、投票が義務の国とそうでない国を比較すると、義務投票制の国の有権者のほうが政治的知識が高いとも、政治活動がより活発になるとも言えないという。単なる政治参加は必ずしも有権者を「教育」しないし、意志決定の質も高めないのである。

プロフィール

八田真行

1979年東京生まれ。東京大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学。一般財団法人知的財産研究所特別研究員を経て、現在駿河台大学経済経営学部准教授。専攻は経営組織論、経営情報論。Debian公式開発者、GNUプロジェクトメンバ、一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)発起人・幹事会員。Open Knowledge Foundation Japan発起人。共著に『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、『ソフトウェアの匠』(日経BP社)、共訳書に『海賊のジレンマ』(フィルムアート社)がある。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ワールド

-中国が北京で軍事パレード、ロ朝首脳が出席 過去最

ワールド

米政権の「敵性外国人法」発動は違法、ベネズエラ人送

ビジネス

テスラ、トルコで躍進 8月販売台数2位に

ワールド

米制裁下のロシア北極圏LNG事業、生産能力に問題
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨットバカンスに不参加も「価格5倍」の豪華ヨットで2日後同じ寄港地に
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    Z世代の幸福度は、実はとても低い...国際研究が彼ら…
  • 10
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story