焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人にも負担重く
北京の街角で2月24日撮影。 REUTERS/Tingshu Wang/File Photo
David Kirton Liangping Gao Ellen Zhang
[東莞(中国) 2日 ロイター] - 中国南部・東莞の自動車部品工場に勤めるジョン・チャオさん(37)とチャーリー・ウェイさん(23)はともに、中国政府が近年進めた社会保険制度改革を巡る最高人民法院(最高裁)の画期的な判決への勤務先の対応に不満を抱いている。しかし、両者の不満は全く異なる。
最高裁は2025年9月、労働者と雇用主が社会保険料を支払わないことを違法と判断。これにより、社会保障制度を通じて生産者から消費者に対する長期的な資源再分配の基盤を整えた。
すると、チャオさんとウェイさんの勤務先はコスト削減のために給与体系を改定し、1万2000元(約1747米ドル)の月収のうち約3分の1の基本給だけを社会保険料算定の対象にした。現在では従業員側も社会保険料の一部を自己負担しなければならない。
ウェイさんは社会保険料への拠出分を考慮した長期的なメリットよりも、「今すぐにもっと多くの現金を」と求めている。これに対し、勤務先が収入全額を社会保険料に算定することを求めるチャオさんは「問題が起きるまでは誰もセーフティーネット(安全網)が必要だとは考えない」とし、「若い世代はそれを理解していない」とこぼした。
<完全には順守できず>
最高裁判決から約半年が経過したが、労働者も雇用主もエコノミストも、順守の状況は完全ではないと指摘する。
人事社会保障省と国務院(内閣に相当)はコメントの要請に応じなかった。人事社会保障省の報道官は今年1月、社会保険制度改革が「着実に推進されている」と主張した。
ロイターが10人を超える労働者と工場経営者に取材したところ、企業は判決に対して自社負担を最小限に抑える形で対応しており、場合によっては賃金を引き下げるケースさえあった。
大半の企業は給与全額ではなく、より低い基本給で社会保険料を算定しており、残りを賞与(ボーナス)や福利厚生として再構成した。一部の労働者と1人の工場経営者は社会保険料を支払う余裕がないため、依然として全く支払っていないと明らかにした。
エコノミスト・インテリジェンス・ユニット(EIU)のアジア担当アナリスト、ニック・マロ氏はこうした事例について「中国指導部が直面する政策上のジレンマを象徴している。それは長期的な利益のために短期的な痛みを許容できるかというものだ。今回のケースでは、その答えはノーのようだ」とし、「これは他の困難な市場ベースの改革を考える上で参考になるだろう」と指摘した。
雇用主が収入の約25%、従業員が収入の約10%をそれぞれ拠出することを義務付けた決定は、社会保障網の強化を目的としている。これは労働者が将来の備えとして個人貯蓄に回すのではなく、現在より多く消費するよう促すための重要な一歩となる。
同時に、この施策は労働コストを上昇させる。このような拠出を回避してきたことが中国の競争力を強化し、輸出を主要な成長エンジンに変えられた経緯がある。
ハーバード大ケネディスクールのモサバー・ラマーニ・センター・フォー・ビジネス・アンド・ガバメント研究員のリチャード・ヤロー氏は、企業収益を圧迫する国内需要の低迷、関税、高水準の債務、産業の慢性的な過剰生産能力に起因する価格競争を受けて企業は拠出義務の順守に苦慮していると指摘。「競合他社が社会保険料の支払いを回避しているなら、なおさら順守しない理由がある」と語った。
ある産業用バルブメーカーの経営者は、当局から順守するよう圧力を受ける事態にはならないと予想する。なぜならば、その場合には自社のような工場を「つぶす」ことになるからだと指摘した。
べつの家具工場の経営者は法定基準を下回るものの、以前より高い保険料を支払っているとして「当社の負担は既にかなり重い」と打ち明けた。
EIUのマロ氏は、企業の利益率が低いことから当局は「企業が手抜きをすることをある程度黙認してきた」とし、「これは当局が直面する難しい選択を反映している」との見方を示した。
<中国は広過ぎる>
多くの労働者は、社会保険料を支払うのには収入が少なすぎると実感している。中国南部の深圳の発光ダイオード(LED)画面工場で働くダニエル・チャンさん(27)は月収5000元で10時間の勤務シフトをこなし、夜には食品配達で月3000元を稼いでいる。チャンさんは「今は非常に疲れていると感じ、ひどい状態だ」と嘆き、「(社会保険料に)毎月300―500元を支払うのは大きな負担だ」と打ち明ける。
工場の株式を所有している上司は、チャンさんのように社会保険料の支払いを逃れる労働者が30%いることについて「見て見ぬふり」をしている。
チャンさんは、工場が今年も「再び」赤字に陥った場合には閉鎖される可能性があるとし、「完全に徴収するのは難しい」と訴える。そして、「中国は広すぎる」と付け加えた。
広州のエンジニアリング会社で働くマリア・ワンさん(28)は、経営者が50人の従業員の社会保険料を賄うために所有するアパートや車を売却したと明かす。しかし、この会社は現在、取引先への支払いにも苦慮しているという。
<可能性の問題>
人材サービス企業の中和集団が2025年8月、6689社を対象に実施した調査によると「完全に順守」していたのは34.1%にとどまった。
社会保険制度の最大の収入源となっている都市部年金は、25年に前年比5.77%増の7兆8000億元の収入があった。ただ、増加率は24年の5.61%とほとんど変わらなかった。
労働問題が専門のある弁護士は、企業が低い基本給を使うことで支払額を過少申告する傾向があると指摘する。これは違法行為となり得るが、「企業はリスクを認識しながらも、可能性の問題として扱っている」と語った。
一方、金融業界で働くユーさん(26)は、解雇をちらつかされて手取り収入を27%減らされた。月収は800元減の4000元に設定され、自分で500元の社会保険料を拠出している。
衣料品工場に勤務するシャーさん(39)は会社側から手取り収入の削減を突きつけられ、同僚とともに抵抗している。シャーさんは「私たちはいずれも地方出身で賃金が元々低い。600元を引かれたら、残りは生活費すら賄えない」と明かした。
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