<現代の象徴天皇制を維持していくためには、男系・女系の議論だけでは全く不十分>
皇位継承者を含めた皇族数が減っており、その対策が国会で議論されています。詳しい経緯は明らかにされていませんが、現時点での国会内の議論は、男系男子の皇位継承という原則を維持する意見に引っ張られています。これに対して女性天皇も女系天皇も認めようという意見が対抗しているようですが、まともな世論調査結果が出ているわけではなく、国民は置いてきぼりという雰囲気もあります。これでは、憲法に書かれた天皇は「国民の総意に基づく」という規定を満たすことができなくなってしまいます。
どうして議論がここまで「こじれた」のかというと、大きく分けて2つの問題があると思います。まず、女性や女系天皇の賛成派の多くは、敬宮愛子内親王が立太子され、やがて即位されることを希望しているようです。理由は、愛子さまが女性だから、だけではありません。今上陛下の長子だからという理由もありますが、本質は違います。今上陛下が生誕以来、昭和天皇、そして上皇さまご夫妻によって「一子相伝」で学ばれた陛下としての一挙手一投足を、同じように愛子さまは生誕以来学ばれて習得しています。そのため、愛子さまの醸し出す印象に、多くの国民は即位に必要な資質を感じているのです。
この点について、現行法では即位の可能性のない愛子さまに帝王学を伝授した両陛下の姿勢は違法かというと、そんなことはありません。女性皇族である内親王さまに求められる一挙手一投足と、即位された場合に必要な帝王学は全く同じ内容だからです。即位可能なレベルにまで深く教えすぎたのだとしても、それが違法ということにはならないでしょう。一方で、この「一子相伝」のノウハウは、残念ながら秋篠宮家には伝承されていないようですし、仮に宮家が養子を迎えてその男子が皇位継承順位に上ってきた場合も、伝承される可能性は秋篠宮父子よりさらに遠のいてしまうでしょう。
昭和天皇から続く「一子相伝」の伝統
問題の第一はこの点にあります。即位に必要なスキルというのは、立ち居振る舞いからミスの許されない対話力、文化や歴史、文化的な教養における情報量と中立性など、非常に多岐にわたり微細な点まで求められるものです。歌舞伎役者のような演技力、宗教指導者のようなカリスマ性、名指揮者のような芸術性、そして全方位の中立性を持ちつつ、他でもない日本国を胸を張って内外に対して象徴する静かなカリスマ性、これを一挙手一投足で表現しなくてはならないのです。
これこそ伝統芸能の伝承であり、恐らく歌舞伎や能狂言の名家と比較しても何十倍の厳しさと責任を伴ったものだと思います。このスキルを教える仕組みが、昭和天皇=上皇さま=今上陛下=愛子さまと続いた「一子相伝」以外にない、これが問題です。おそらく愛子さまは、一身を捧げる思いで、そのノウハウを悠仁さまに伝えようとされるでしょう。そのうえでさらに将来の話として、万が一、ご養子の2世に即位の可能性が出てきたら、その時期には壮年となられ、もしかしたら宮家を設立されたり臣籍降下された愛子さまと、即位されているかもしれない悠仁さまは、その候補者にノウハウの伝承を試みるでしょう。けれども、それだけで皇位継承者が国民の統合を象徴できるのか、体制としては何の保証もないのです。
第2の問題は皇族、皇室を守る広報体制です。近年の例では、臣籍降下を選択された元女性皇族の婚姻に関して、世論への広報に失敗した結果、新家庭が事実上アメリカに亡命するという悲劇となっています。それどころか、皇嗣である宮家全体の印象づくりにも失敗しています。このような脆弱な広報体制を抱えたままでは、宮家のご養子とか、ご養子のお子さまといった、より国民の監視の厳しくなるような方を守り切ることが可能とは思えません。