<英ネイチャー誌が先日発表した世界の学術論文ランキングで、中国の大学が上位10校のうち9校を占めた。快挙だが、中国の大学にはそれを素直に喜べない「負の側面」も存在する>
世界の主な学術誌や学会で発表された研究成果への貢献度を示す指標「ネイチャーインデックス」の2026年版が先日、発表され、大学別ランキングで2位の米ハーバード大学を除き、上位10校のうち9校を中国の大学が占めた。
一方、当の中国の大学は今、卒業シーズンの真っただ中だが、学校における「ゴミ問題」が毎年のようにSNSで議論の的になっている。一部の中国人学生が学校の宿舎や自分の部屋をゴミ屋敷にしたまま退去するトラブルだ。
なぜ、自立的なイノベーションの土台がいまだ脆弱な中国が、論文貢献度で世界トップ10のほとんどを占めるに至ったのか。その理由は、国家主導の「選択と集中」にある。全ての学問を平均的に育てるのではなく、「勝てる分野」「勝てる大学」に巨額の資金を全集中させた結果なのだ。
国が論文数という数字のため研究費を集中したように、学校や家庭もテストの点数という数字に全てを集中している。
中国の学校では、成績という目標達成が常に最優先され、モラルや自立心、生活能力といった人間力の教育は置き去りにされがちだ。その結果、卒業シーズンになると、破り捨てられた参考書や教科書、ゴミで校舎が埋め尽くされる現象が毎年のようにニュースになる。抑圧されたストレスの爆発であると同時に、学校教育が成績に関係のないマナーや公共心の育成を軽視してきた結果でもある。
家庭でも同様の「全集中」が起きている。一握りの優秀な子供に家族全員の資金、時間、精神力を極限まで注ぎ込むのだ。「勉強さえしていればいい、家事や雑用は全て親がやる」というゆがんだ役割分担の結果、名門大学に合格する高い知能を持ちながら、電球の交換すらできない若者が生まれる。日常生活の自立が一切できず、親に依存し続ける彼らは、中国社会で「巨嬰(巨大な赤ん坊)」と揶揄される。