コラム

オバマ政権「普天間」外交の危うさ

2009年10月26日(月)18時45分

 普天間問題をめぐり、アメリカのオバマ政権が鳩山政権に対して強い姿勢で臨んでいる。アメリカ政府が求めているのは、沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場の移設を05年の日米合意どおりに速やかに進めること。この合意では、沖縄県内のキャンプ・シュワブ沿岸部に普天間飛行場の代替施設をつくるものとされている。

 アジア歴訪の一環として日本を訪れたロバート・ゲーツ米国防長官は、鳩山政権に明確なメッセージを送った――在日米軍再編に関する日米合意の再交渉に応じるつもりはない、と。ゲーツは10月21日、北澤俊美防衛相との共同記者会見でこう述べた


 われわれの意見は、はっきりしている。普天間代替施設は、(米軍)再編の工程表の要である。普天間代替施設なしでは、(海兵隊の)グアムへの移転はない。グアム移転なしでは、沖縄の部隊縮小と土地の返還もない。

(日米合意の内容が)完璧な選択肢だとは誰にとっても言えないかもしれないが、すべての当事者にとってそれが最良の選択肢だと、われわれは考えている。前に進むべき時期だ。


 特に後半の発言は、この問題に関する現時点でのアメリカ政府の立場を極めて率直に表している。ただでさえ山ほど問題を抱えているオバマ政権としては、既に合意したはずの問題を再度話し合うことにほとんど関心がないのだ。

 アメリカの立場も分からなくはない。普天間問題は長年にわたり厄介な懸案事項だった。早く結着済みにしてしまいたいのだろう。

■鳩山政権に恫喝は通じない

 しかし、アメリカ政府が早く前に進みたいからといって、鳩山政権や沖縄の人々の意向を無視すべきではない。自民党政権時代の日本政府が合意に署名した以上、民主党政権もそれを受け継ぐのが当然だとアメリカ政府が主張するとすれば、あまりにご都合主義だ。

 この夏の総選挙で民主党が政権を奪い、日本政治のすべてを変えようとすることは、アメリカ政府も想定していたはず。日米安保だけはその例外だとでも思っていたのだろうか。

 日米安保体制は、自民党の長期政権をつくり出した「55年体制」の主要な柱の1つだった。アメリカがどう見ているかはともかく、日米安保が自民党政権を下支えしてきたことは否定できない。自民党の長期支配にようやく終止符を打った民主党主導の新政権がこのいわば「自民党とアメリカの同盟」をあっさり受け入れようとしないのは、意外なことでない。

 日本を訪れたゲーツ国防長官が普天間問題で強硬な態度を示した背景には、鳩山政権に圧力を掛けて、日米合意の見直しを断念させようという狙いがあるのかもしれない。

 だが、鳩山政権が簡単に引き下がるとは考えづらい。連立パートナーの社民党は普天間飛行場の沖縄県外への移設を強く主張しているし、民主党内も日米合意に批判的な声が大勢を占めている。沖縄県民や沖縄選出の議員の反発も強い。しかも11月のバラク・オバマ大統領の来日を前に普天間問題への注目が集まる中でこの問題で譲歩すれば、おそらく鳩山政権の支持率に悪影響が出るだろう。

 それだけではない。政治的損得は別にして、そもそも鳩山由紀夫首相と閣僚たちは現在の日米合意の内容を好ましくないと考えており、それを変更したいと本心で思っているらしい。「アメリカに堂々とものを言える」ことをアピールしたいという思いもあるに違いない。

■日米が「前に進む」ために

 では、日本政府が引き下がらない場合、オバマ政権はどういう態度を取ればいいのか。普天間問題について話し合うことを拒否し、その結果生じる問題の責任をすべて日本に押し付けるのか。そんなことをすれば、普天間以外の問題でも鳩山新政権と建設的な関係を築くのが難しくなる。

 日米合意の再交渉を求める鳩山政権の主張を突っぱねれば、前に進みたいというゲーツ国防長官の言葉とは裏腹の結果を招く可能性が極めて高い。日米が普天間と沖縄の問題を乗り越えて「前に進む」ことができなくなる。

 鳩山政権は飛行場の沖縄県内への移設を容認する可能性を示唆するなど、立場を柔軟化させ始めている。オバマ政権はこの点を見落としてはいけない。日本とアメリカの双方のために、ゲーツ国防長官の立場がオバマ政権の最終結論でないことを願いたい。

 一方、鳩山政権も普天間問題をこれ以上大きな問題に発展させないために、やるべきことがある。オバマ大統領の日本訪問まであと1カ月。岡田克也外相は最近、オバマ訪日前に結論を出すのは難しいと述べているが、アメリカ側がどういう譲歩をすれば、日本政府として日米合意の全面的な見直しの要求を引っ込める用意があるのかくらいは示すべきだ。

 いま日米関係は極めて緊迫しているように見えるかもしれない。しかしこれは、日米同盟の危機などという大げさなものではない。民主党がこれまで約束していたとおり、アメリカに対して率直にものを言っているに過ぎない。

 これが民主党政権のやり方らしい。民主党の小沢一郎幹事長は、アメリカのジョン・ルース駐日大使にこう述べたという。「米国は何の問題でもはっきりと言ってほしい。日本の民主党政権も米国に率直に言うべきだ」

[日本時間2009年10月22日13時24分更新]

プロフィール

トバイアス・ハリス

日本政治・東アジア研究者。06年〜07年まで民主党の浅尾慶一郎参院議員の私設秘書を務め、現在マサチューセッツ工科大学博士課程。日本政治や日米関係を中心に、ブログObserving Japanを執筆。ウォールストリート・ジャーナル紙(アジア版)やファー・イースタン・エコノミック・レビュー誌にも寄稿する気鋭の日本政治ウォッチャー。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

赤沢再生相、ラトニック米商務長官と3日と5日に電話

ワールド

OPECプラス有志国、増産拡大 8月54.8万バレ

ワールド

OPECプラス有志国、8月増産拡大を検討へ 日量5

ワールド

トランプ氏、ウクライナ防衛に「パトリオットミサイル
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚人コーチ」が説く、正しい筋肉の鍛え方とは?【スクワット編】
  • 4
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「詐欺だ」「環境への配慮に欠ける」メーガン妃ブラ…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 10
    反省の色なし...ライブ中に女性客が乱入、演奏中止に…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 5
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 6
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 7
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 8
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 9
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story