コラム

「私はいま死となり、世界の破壊者となった...」映画『オッペンハイマー』が描く「原爆の父」の苦悩

2023年08月23日(水)13時00分

このジレンマは、オッペンハイマーを激しくさいなんだ。ニューメキシコ州の実験場で最初の原爆が爆発した後、オッペンハイマーはヒンドゥー教の経典の一節を引用して、沈痛な口調でこう述べている。「私はいま死となり、世界の破壊者となった」

オッペンハイマーは高慢であり、反共ヒステリーに侵された世界で愚かにも無垢でもあった。彼はある女性を愛し(彼女は共産主義者だった)、友人が彼を操ろうとするのを見逃し(彼はソ連のスパイだった)、その結果、身の破滅の寸前まで行った。

原爆の開発に取り組んでいる最中なのに、より凄絶な破壊力を持つ水爆の開発を止めようとした。だが、彼がやらなくても他の誰かがやることも知っていた。広島原爆の7年後、最初の水爆が南太平洋エニウェトク環礁上空で爆発した。広島上空で炸裂した「リトルボーイ」の100倍以上の破壊力だった。

映画の終盤、オッペンハイマーは静かな池のほとりでアルバート・アインシュタインに言う──私が以前、「世界全体を滅ぼす連鎖反応の引き金を引いてしまうのではないか」という不安を述べたことを覚えているか、と。「覚えている」と、アインシュタインは答え、続ける。「それで?」

「そのとおりになったのではないかと恐れている」と、オッペンハイマーは言う。

核兵器による大量殺戮を直接経験した国民は、日本人だけだ。広島と長崎の原爆投下から78年が経過した今も、日本人はその出来事に苦しみ続けている。

しかし、だからこそ日本人はこの映画を見たほうがいい。人類を救おうとして人類を滅ぼす手段をつくり出さざるを得なかった男の苦悩がそこには描かれている。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

国債金利、金融政策だけでなく様々な要因背景に市場で

ビジネス

グーグル、フィンランドのデータセンターに10億ユー

ビジネス

イタリアの財政赤字と債務、投資家信頼感損ねる恐れ=

ワールド

ロシアのガス生産量、1─4月に8%増 石油は減少
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 3

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 6

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 7

    ベトナム「植民地解放」70年を鮮やかな民族衣装で祝…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    「親ロシア派」フィツォ首相の銃撃犯は「親ロシア派…

  • 10

    服着てる? ブルックス・ネイダーの「ほぼ丸見え」ネ…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 10

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story