コラム

原発処理水放出、問題は科学データではなく東電の体質

2023年08月25日(金)22時05分

30年かかるプロジェクト、何かあったとき東電は正直に情報を明らかにするのか(8月24日、東京・東電本社前の放出反対デモ) REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<福島第一原発から放出される処理水のトリチウム濃度は安全基準を満たしている─政府や国際機関は繰り返しそう保証するが、隠蔽を重ねてきた東電が今後数十年続く放出を誠実に行うとは思えない>

2023年8月24日、日本政府は、現在は敷地内のタンクに溜められている福島第一原子力発電所から出た汚染水を浄化した「ALPS処理水」の海洋放出を行った。この放出については周辺諸国から懸念が出ているだけでなく、地元の漁業関係者も反対しており、これは海洋放出には関係者の合意が必要とした2015年の約束に反している。筆者は以前も、海洋放出については国や東電は2015年の約束を守るべきだと主張してきた。

いわゆる「トリチウム水」の海洋放出は全世界で行われているが、通常の原発では燃料棒は被膜管に覆われ、冷却水が直接燃料棒に触れることはない。一方、福島原発の場合は被膜管は損傷してしまっている。燃料棒やデブリに直接触れた水を処理して放出するケースは前例がない。

現在タンクに貯められている汚染水は、取り出し不可能なトリチウム以外の放射性物質を国の基準を満たすまで繰り返し再処理したうえで、トリチウム濃度を下げるため海水によって希釈し希釈海洋放出する。従って海洋の環境には影響がないと主張されている。国や東電が提出したデータでは、放出される予定の処理水の放射性物質があらゆる国の基準値を下回ったことを示している。

一方、放出に反対する環境団体によれば、検査されたタンクの処理水は全体の3%にすぎず、他のタンクが基準値を下回っているとは限らないことや、タンク全体に存在している放射性物資の総量は全く調査されていないことを指摘している。海洋放出をすべきかどうかを決定するには、そもそもデータが足りないというのだ。

さらに、再処理済みとされているタンクは全体の一部であり、タンクに溜められているのは未だ基準値超えの汚染水だ。これらが適切に処理されて放出されるというのは、現在のところ計画書上のことにすぎない。放出期間は30年にも及ぶとされる。

処理に失敗したら?

2015年、政府は地元関係者との合意がない海洋放出は行わないという約束を行ったが、未だその合意は取れていない。政府は科学的安全性を根拠に、関係者の理解を得ようとしてきた。しかし関係者の不信は、科学にではなく政府・東電の不誠実さにある。

国や東電の処理水の海洋放出については、科学的な安全性に関しても様々な環境団体から科学的・技術的根拠に基づいた疑問符がついている。しかし「科学的」論点について、国や東電の主張をいったんは認めたとしても、その安全性は、結局は机上の議論にすぎない。

たとえば、原因不明のトラブルで汚染水の再処理装置がうまく機能しない可能性が想定される。また、現場の杜撰な管理体制やヒューマンエラーなどにより、誤って処理されていないか処理が不十分な汚染水が海洋放出されてしまう可能性も想定されるだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story