コラム

「国葬」は露骨で危険な安倍崇拝の儀式だった

2022年09月29日(木)18時49分

つまりこの政府が作成したとされる映像は、安倍元首相に批判的な人はもちろん、そこまで熱心ではない消極的支持者が見ることも想定されていない。8分という長さは、そのような人々の視聴にも耐えうるように編集するのではなく、総花的にあれもこれも詰め込んでしまった結果だろう。あの映像は、あくまで安倍元首相への愛に溢れたファンに向けてつくられているのだ。

国家の私物化

VTR映像では、安倍元首相は正しいことをし続けてきた首相であるかのように編集されていた。菅前首相による追悼の辞でも類似の表現があった。「総理、あなたの判断はいつも正しかった。」から始まる一節だ。菅前首相は、安保問題や拉致問題について安倍元首相の判断を評価している。しかし、たとえば安保法制や共謀罪には憲法上の問題がある。TPPも経済に与える影響はまだ未知数だ。また拉致問題では、最近一時帰国の提案を日本側が拒否していたという報道があったばかりだ。

こうした論争的な問題を、菅前首相は安倍元首相の「功績」として持ち上げている。自民党支持者であれば、それが功績なのが自明なのかもしれないが、国葬であるからには日本にいるあらゆる市民を代表しうるような内容であるべきだろう。

安倍元首相には多くの疑惑があり、それに伴い国会では「桜を見る会」問題だけでも、少なくとも118回の虚偽答弁を行った。これは国会軽視でもあり、民主主義のリーダーとして相応しくない振舞だった。こうした事実は誰もが知っているにも拘わらず、安倍元首相をリーダーとして全人格的に肯定するスピーチは、美辞麗句を通り越し、このスピーチ自体が虚偽であるといえよう。

菅前首相の追悼の辞をはじめ、この国葬は自民党政治を正しいと考え、安倍晋三元首相は無謬であったと考える者たちのためのイベントなのだ。。自民党葬であれば勝手に評価でも神格化でもすればよい。しかし国葬と銘打ったイベントでそれを行うのは、国家の私物化に他ならない。

菅前首相による追悼の辞は世間では「エモい」と言われており、評判が良いらしい。芸能人の葬儀であればそのような評価で事足りるのかもしれないが、国葬という政治イベントでの政治家の発言を、エモいかどうかで評価してしまうのは、とても危険な行為なのだ。


少なくとも国葬を積極的に支持している人たちの一部は、たとえば国葬の参列者や一般献花者は、国葬の私物化に自覚的だ。彼らは世論調査を認めず、国葬への反対者を「反日」「極左」「外国人」であるとみなしている。つまり、自らの側こそが「日本」そのものだと思っているのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米、ナイジェリアでイスラム過激派空爆 「キリスト教

ビジネス

鉱工業生産11月は2.6%低下、自動車・リチウム電

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、個人の買いが支え 主力株

ビジネス

小売販売額11月は前年比1.0%増、医薬・自動車な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story