コラム

アイヌ文化をカッコよく描いた人気漫画「ゴールデンカムイ」の功罪

2022年05月23日(月)14時37分

さらに作者の野田サトルはインタビューで、アイヌ文化の保存に協力した和人として言語学者の金田一京助を挙げていた。しかし現在の研究では、金田一はアイヌについてむしろ積極的な同化主義者であったことが分かっている。アイヌ文化のディティールについての理解に比べてアイヌの歴史について無理解を示してしまっていることも、批判を集めている理由となっている。

子どもにも同化政策

もちろん、アイヌを取り扱った漫画すべてがアイヌの差別を過不足なく取り上げなければならないというわけではない。『ゴールデンカムイ』は社会派漫画ではなく、少年誌連載のピカレスク漫画だ。当事者への取材では、可哀そうなアイヌではなくカッコいいアイヌを描いてほしい、という要請もあったという。

しかしそうであっても、和人の作者がアイヌというテーマを扱うときは、迫害の歴史について無責任であってはならない。迫害はたいしたことはなかった、とか、アイヌを助けた和人もいた、というような、迫害の歴史に対する弁明になってしまうのは問題だ。

明治末期のアイヌは、明治以降の一連の政策によって土地を追われ、作中から想像されるよりはるかに強い同化圧力を受けていた。ヒロインのアシㇼパのようなアイヌの子供は特設された旧土人学校で同化教育を受けさせられていた。知里幸恵が『アイヌ神謡集』の序文で「おお亡びゆくもの......」と嘆いたのは、作中の時代からわずか10年あまり先のことだった。

確かに『ゴールデンカムイ』によってアイヌ文化への関心は高まったが、果たしてそれは博物館の陳列品を眺めるような、単なる趣味の域を超えるものとなったのだろうか。『ゴールデンカムイ』のファンの中には、先住民としてのアイヌの、現在進行形で生じている権利問題についてはむしろ勉強を拒絶している人も多い。それでは結局、これまでと何も変わらないのではないだろうか。

第七師団とアイヌ

筆者はかつて第七師団の司令部が置かれていた旭川市出身だ。祖父は志願兵として第七師団に所属していた。彼は生前、自身の軍隊経験について多くを語らなかったが、中国戦線に赴き、ノモンハンでの作戦に参加していたようだ。師団の母体は屯田兵で、旭山動物園の近くに旭川兵村記念館が置かれている。

旭川兵村記念館を訪れると、北海道開拓の苦難の歴史とともに、日露戦争やアジア太平洋戦争など、大日本帝国が行った戦争が肯定的に扱われている。記念館の入り口には、戦時中に戦意高揚に使われていた「加藤隼戦闘隊」の碑がある。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、今後5年間で財政政策を強化=新華社

ワールド

インド・カシミール地方の警察署で爆発、9人死亡・2

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 5
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 6
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 7
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 8
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 9
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 10
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story