コラム

中東一の愚か者、シリア

2010年04月15日(木)15時43分

 

自殺行為 シリアのアサド大統領はイスラエルに攻撃してくれと言わんばかりの行動に出た?
Zohra Bensemra-Reuters
 

 シリアが移動式弾道ミサイルのスカッドを、レバノンのイスラム教シーア派武装組織ヒズボラの拠点に運び込んだ、または運び込みつつある、という疑惑をどう解釈したらいいのだろう。米オバマ政権が5年ぶりに駐シリア大使を復活させようと努力していた矢先のことだ。

 まずは不可解だ。こんな挑発的なことをすれば、イスラエルに攻撃されるかもしれない。なぜそんな危険を冒すのか。アメリカのスパイ衛星の助けがあれば、イスラエル空軍は簡単にスカッドを破壊できるだろう。シリアの防空システムをかいくぐって空爆を成功させるイスラエル軍の能力は、07年にシリアの核施設らしき場所を破壊したときに証明済みだ。テロ組織にスカッドのような危険な武器を渡したことがはっきりすれば、国際的にも厳しい糾弾を受けることになる。

 シリアはよく、06年のレバノン侵攻でヒズボラがイスラエル軍に対して善戦したことを吹聴する。だがバシャル・アサド大統領も実際は、彼の老朽化したソ連製武器が何の役にも立たないことや、自分の執務室がイスラエルのF15戦闘爆撃機の航続距離内に入っていることはよく承知しているはずだ。

 シリアは何十年も、隣国レバノンを支配してきた。シリアの強大な軍事力についての報道も多い。だがその実態は、レバノン以遠には到底支配の及ばないチャチな独裁国家に過ぎない。

■独裁体制は奇妙な生き物

 地域の勢力争いの観点から見れば、今回の軍事行動(まだ疑惑だが)もほんの少しだが理解しやすくなる。シリアの同盟相手でスポンサーでもあるイランは、アメリカとその同盟国がもしイランの核施設を攻撃すれば大きな代償を支払うことになると世界に示したがっている。国際的な制裁圧力も高まるなか、イランの権力者たちがアサドに何らかの助けを手助けを頼んだことも考えられなくはない。

 だがこの件で何より常軌を逸しているのは、シリアは西側に加わるほうがよほどトクになるということだ。イスラエルが占領しているゴラン高原も返ってくるかもしれないし、経済制裁も解除してもらえる。エジプトのように、独裁体制を温存しながら海外からの援助や投資を享受するのも夢ではない。考古学的・文化的に豊富な資源を生かせば、巨額の観光収入も見込めるだろう。

 イランとの親密な関係を絶ち、武装組織を支援したりレバノンの内政に介入するのを止め、イスラエルと名がつくものすべてを攻撃する態度を改めれば、険悪だった他のアラブ諸国との関係も改善できる。

 だが独裁体制というのは奇妙な生き物だ。内部の人間にしかわからない理由で愚かな決断をすることも珍しくない。

──ブレイク・ハウンシェル
[米国東部時間2010年04月14日(水)19時37分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 15/4/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国、米防衛企業20社などに制裁 台湾への武器売却

ワールド

ナジブ・マレーシア元首相、1MDB汚職事件で全25

ビジネス

タイ中銀、バーツの変動抑制へ「大規模介入」 資本流

ワールド

防衛省、川重を2カ月半指名停止 潜水艦エンジンで検
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 5
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 6
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 10
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story