コラム

仏紙の風刺画は被災者を傷つけたか

2013年10月15日(火)14時11分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

〔10月8日号掲載〕

 2020年東京五輪が決まった直後、フランスの週刊紙カナール・アンシェネが日本で五輪が開催されることを皮肉った風刺画を掲載した。福島第一原発の放射能汚染で手や足が3本になった力士が相撲を取る漫画だ。これを受けて、菅義偉官房長官は「東日本大震災で被災した方々の気持ちを傷つける。汚染水問題について誤った印象を与える不適切な報道だ」と述べ、この風刺画に対し公式に抗議した。

 フランスのメディアが日本政府の怒りを買うのはこれが初めてではない。昨年10月にもフランスのテレビ番組が福島原発事故に関連する同様のジョークを放送し、物議を醸した。

 フランスには長い風刺の歴史がある。1881年の出版自由法以来、フランスでは滑稽でひどく残酷な風刺画が発達してきた。誰かの悲劇や苦境をからかうのも表現の自由の一部と考えられている。権力者を皮肉るだけにとどまらず、障害者など弱者までもブラックユーモアのネタにされる。

 80年代にはエチオピアの飢饉の悲惨な映像が盛んに報道されたが、フランスでは当時この問題に関する無数のジョークが語られた。例えば「フランスとエチオピアのエレベーターの違いは? フランスではエレベーターに『定員4名・総重量320キロまで』と表示されているが、エチオピアでは、『定員320人・総重量4キロまで』となっている」などだ。

 だがここで攻撃されているのは、飢餓の惨状であって人々ではない。だから、こうしたジョークに対する批判の声は、フランス国内ではまったくなかった。風刺は不可侵の権利である。事実、カナール・アンシェネはフランスで最も信頼され、最も販売部数の多い週刊紙だ。

 同紙の歴史は第一次大戦中、前線からの悪いニュースを検閲する政府への抗議から始まった。以来、調査報道と過激な漫画で無数の腐敗を暴いてきた。

 今回の汚染水の風刺画に不快感を覚えた日本人は多いだろう。原発事故の被害者が差別の目で見られかねないことを知っているからだ。事故発生後も現場に残った作業員、いわゆる「フクシマ50」の名前は、家族が差別される恐れがあるために公表されていない。 

 同紙に言わせると、あの風刺画は被災者をコケにしたのではないという。

 カナール・アンシェネは次の号で、日本政府による抗議をこのように説明して皮肉った。

「本誌の読者50万人のうち日本人読者は51人だ。われわれが誰の感情を害したというのか? あの風刺画の標的は誰だったか? 原発事故の犠牲者か、それとも放射能汚染を引き起こした企業と政府か。赤十字が、飢餓で死にかけた黒人の子供の写真を発表するとき、それは子供をさらしものにするためか。それとも子供の悲惨な状況に対する世間の無関心を訴えるためか」

■原発の危うさを伝えるため

 福島原発の事故は漫画が引き起こしたものではない。自然災害と、今日まで続く政府の対応の悪さだ。安倍晋三首相が福島の状況は「コントロールされている」と発言してから間もなく、東京電力は「コントロールされていない」とコメントした。このような軽々しい言動をもとに、私たちジャーナリストはどんな記事を書けばいいというのか?

 数カ月前、フランスに3年間駐在していた日本の外務官僚と話す機会があった。彼は、東京ではカナール・アンシェネが読めないことを残念がっていた。「日本にもああいう週刊紙があればいいのに。福島以来、日本にはまじめだけど容赦ない風刺の効いた新聞が必要だ」

 彼は今回の風刺画を問題視していない。あの漫画が福島の人を笑いものにするためではなく、原子力の危うさを伝えるためのものだと知っているからだ。

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 8
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story